手を取るのは、私

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私には三つ年上の兄がいる。 「灯」 校門の前で待っていた兄は、私を見つけると軽く手を上げ、名前を呼んだ。 大学に行って忙しいはずなのに、一日も欠かさず私の学校の送り迎えをしている。 十年間、ずっとだ。 前に一度だけ、兄の迎えを待たずに友達と寄り道して帰ったことがあった。 その時はものすごく心配されて怒られたし、執拗に何もなかったか、誰かに会わなかったかと聞かれた。 その時の兄は酷く青褪めた顔で、肩を掴んだ手は震えていて、何かに怯えているかのようにしきりに辺りを警戒していた。 「頼むから一人にならないでくれ」 そう必死に懇願され、その尋常ではない兄の様子に気圧され、頷くことしか出来なかった。 「何もなかったか?」 「何もないよ、いつもと同じ」 「そうか」 兄の過保護は今に始まったことじゃないが、中学の時とは違い高校は持ち上がり組ばかりではない。知る人が見ればお馴染みの光景だが、知らない人から見たら物珍しく映ったことだろう。 兄が校門の前で待っていても、周りは特に気にした素振りを見せないのも、今でこそ見慣れた光景だが、一年前、入学してすぐの頃は注目されて居心地が悪かった。 今ではすっかり「過保護な兄」がいると全校生徒に知れ渡ってしまった。 「あ、お兄ちゃん、明日なんだけど……友達が先輩の試合観に行くのに誘われたんだけど……行ってもいい?」 「……学校の中か?」 「うん」 「……分かった。ちょうど明日午後は家にいるから、終わる前に電話かメールして。あと、"定期連絡"も忘れるなよ」 「分かってるよ。いつもちゃんとしてるでしょ」 『定期連絡』 それは兄との約束の一つで、一時間に一回必ず兄に連絡をするというものだった。初め三十分に一回と言われたのを私が一時間にしてほしいと頼み、渋々了承してもらった。 他にも兄とはいろいろ約束事があった。 兄が過保護なのには理由がある。 私は七歳の頃に『神隠し』にあったらしい。 私はその時のことをほとんど憶えていないが、聞いた話によれば、学校の帰りに行方不明になったらしい。 警察やボランティアの人たちが必死に探したが見付けられなかった。しかし、行方不明になってから二ヶ月後のこと、学校の帰り道にある公園内にいた私を通りかかった人が見つけ警察に通報して保護された。 だが、当の本人である私は何も憶えておらず、事件性もないとのことで真相は分からずじまいのまま、この件は収束したらしい。 前にその当時の新聞を呼んだら、大きな見出しで神隠しに遭ったなんて書かれていたのがほとんどだった。 もう十年も経っていて、小さな子供じゃあるまいし送り迎えなんて大げさでは? なんて思う人もいるだろう。実際、両親も心配はするが連絡さえきちんとすれば何も言わない。 兄がうるさく言うのは、私が"あること"を兄だけに言ったからだ。 『誰かに呼ばれてる』 神隠しにあってからしばらくして、毎日のように誰かに呼ばれているような感覚があり、また時折声が聞こえてくることがあった。それを兄に言うと、気のせいだろうと初めは信じていなかった。 けれど。気のせいなんかじゃなく確かに呼ばれているのだ。 その声に誘われるように進んで行き、気が付くと知らない場所にいることがよくあった。 兄は苦労しただろうに、一緒にいたはずが急にいなくなるんだから。 それでも、まだ信じてくれなかった。 決定的に変わったのは、私が十歳の時。 突然、後ろから兄が私の腕を掴みその場から逃げるように走り出した事があった。 兄が言うには、また私がいなくなり探していたら大きな犬が私の目の前にいたらしく、それを見て慌てて腕を掴んで逃げたのだと言っていた。 その日から、兄は私に「声は聞こえてくるか」「聞こえたら教えてほしい」と私にしか聞こえない声を警戒するようになった。
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