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・イザホのメモ(10ページ更新)
【https://estar.jp/novels/25875424/viewer?page=36&preview=1】
店長さんは、なかなか帰ってこなかった。
左の手のひらを見ても、スマホの紋章が緑色に光っているだけ。フジマルさんからの連絡もまだ帰ってこない。
待っている間、どうしようかとマウに目線を向けてみた。
「ねえイザホ、なんか面白そうな絵があるよ」
マウが近くの壁を指さしたと思うと、ぴょんとイスから飛び降りた。
その壁には、絵画が入った額縁が飾られていた。ワタシも近づいてみてみようかな。
右に向いた、ヤギの頭をした絵……鉛筆で描かれたと思われる、背景のないその絵画をよく見てみると、消しゴムで消した痕が残っている。
「この痕、なんだか羊の羊毛みたいだよね」
隣でマウは、面白がるように鼻をプスプスと動かしていた。
「そういえばイザホ、知ってる? バフォメット……その名前の由来」
バフォメットの……由来?
バフォメットって、羊の悪魔だから……あれ? 改めて考えてみると、ワタシの左胸が違和感を感じた。
「実はね、バフォメットって羊じゃなくてヤギの頭なんだよ。ウワサ話が広まるにつれて、羊とヤギが混ざっちゃったみたいだって、都市伝説サイトで見たことあるよ」
そうなんだ……
たしかに、今までは違和感を感じなかったけど、よくよく考えてみるとヤギの悪魔であると聞いたから、それを思い出すと違和感を感じたんだ。
「それにしても……タイトルも変わっているよなぁ……【 章紋のイガチマ 】。この“章紋”ってさ、もしかして“紋章”かな? どうして逆さまにしているんだろう……」
マウと横に並んで、見たことのない不思議なタイトルを見る……
……お屋敷の中だけだったら、こんな絵があったなんてわからなかったかも。
「ねえイザホ……ボクたちの新生活の場所をここにして、やっぱり正解だったみたいだね」
マウの言葉に、うなずく。
ワタシたちがここに引っ越すことになったきっかけは、お母さまの余命宣告。この世から立ち去る日がそう遠くないと知ったお母さまは、その後のワタシたちのことを心配していた。
だから、お母さまに心配をかけないように、ワタシたちはお母さまのお屋敷から離れて暮らすことにした。お母さまの最後の日が近づいた時、自立したワタシたちの姿をお母さまに見せることを約束して。
その自立先を、この鳥羽差市に選んだ理由……それは、10年前の事件が起きた街だから。あの10年前の事件のことを少しでも知ることが、ワタシにとっての自立になるから……
コンコン
「ん?」
玄関の扉からノックの音が聞こえてきて、マウが振り返った。
ワタシも振り返ると、カラーンと短い鈴の音とともに扉が少しだけ開かれた。
その隙間から、折りたたんだ画用紙を持った左手が現れた。
「……」
左手はなにも言わず、手に持つ画用紙を強調するように上下に動かしている。
「……ねえイザホ、あの人、どうして入らないと思う? ボクは恥ずかしがって店に入ってこれないとは思わないけど」
マウは細めた目を玄関の左手に向けながらワタシに意見を求めた。
どうだろう……あの手の動かし方、なんだか画用紙を見てほしいって言っているみたい……
マウと顔を合わせて、うなずく。あの画用紙を手にしてみよう。
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