夏の始まり

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夏の始まり

氷水に沈められた瓶は、鈍い音を立てながら転がっている。 一本取り出そうと腕を突っ込んだ。 そこだけ空間がポッカリと変わってしまうかのような、ひんやりとした冷気が腕の輪郭を覆っていく。 瓶を取り出し、ジトジトとした蒸し暑い外気に晒され、次は腕の中心から輪郭に向かって冷気を放っていくのを感じた。 たまたま通りかかった広めの公園ではお祭りが開かれていて、スピーカーからは音の割れた音頭が流れている。 真ん中の櫓は白熱灯の光で煽られ、オレンジ色にぼやけていた。 時々、鉄板の熱気が風にのって鼻腔を刺激する。 活気に満ちた空間から一歩外に出ると、驚くほど静かだ。 暗がりにぼやけて光る自販機には、無数の虫たちがカツカツと音を立てながらぶつかっている。 夜の公園には、少しばかりの火薬の匂いと、緑とが湿気を含んで混ざっていた。 ジー…という漏電のような音が木から聞こえてくる。電子化した木には、息も絶え絶えに身体を震わせ蝉が鳴いていた。 リュックを背負う肩が汗で湿る。 玄関の扉を開けると、生ぬるい風に飲み込まれた。 パチパチと部屋の電気をつけて、足で扇風機のスイッチを入れる。 肘で冷蔵庫の扉を開けると、モーター音と共にゆっくりとした冷気が降りてくる。 缶ビールを取り出し、足で扇風機を手繰り寄せた。 タオルで顔を乱暴に拭うと、小気味よい音を立てて缶ビールのプルタブを開けた。 テレビでは、連日に渡って流行病の感染者数を読み上げるだけで、すぐにチャンネルを変える。 野球の中継に合わせて、試合を見るでもなくビールを口にした。 熱る身体の内側をピリピリと刺激をしながら冷たい液体が食道を伝っていった。 プロペラから流れる風に当たり、机にはビール缶が水溜りを作っていた。 蛍光灯がカンカンと甲高く乾いた音を立て、時々視界を点滅させる。 テレビから流れる歓声とは裏腹に、静寂に包まれる部屋の中で夏を感じていた。 カレンダーをめくり、新たな月が始まった。
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