ヒーローになる理由

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 小会議室では何とも言えない沈黙が落ちていた。最初の会議ということで人数は少数。主任の折原、折原のシマに所属している佐野、香崎、浅井、結城の5名。そして議題が発表されたところ。常日頃なるべく笑みを絶やさないようにしている結城ですら微妙な表情で動きを止めていた。  会議の進行を務めていた折原が周りの反応を見て居た堪れなくなったように遠い目で首を振った。  「いやー、わかるよ? わかるさ。突っ込みどころの多い部署だよ、甚だしいってこっちも思っているさ。いるけどね? 仕事だからさ」  板挟みであろう折原を気の毒に思うもフリーズした思考はなかなか戻ってこない。公務の代行サポート業務は多種多様。だが、今回できるという新しい部署はどう考えても公務とは思えなかったのだ。  「えっと、すいません、主任。もう1度お聞きしても?」  「何度聞いても変わらないがな。『SOS対応本部 ヒーロー課』実行部隊のヒーロー、そのヒーローを養成する研究部、案件分類の窓口すべてにエージェントが欲しい。その通達をしなきゃいけないわけだけど、意見は?」  また沈黙が落ちた。折原は疲れたように着席して手元の書類に目を落としよく通る声で要点を話し出した。  「仕事内容は名前のまんま。市民から寄せられるありとあらゆるSOS要請の優先順位を振り分けて対応する。その最上位がヒーロー。どんな変身か知らないけどいざとなれば超人的な力で案件を解決する。スカウトは本部がやるそうだ。最強のヒーローにするべく研究は常に進行する。アイデアマン、計算に特化している人材が欲しいとのこと。窓口には冷静で尚且つ勘が鋭い者。この総務でまずはピックアップしてほしいそうだ」  「あの、実行部隊は? そこにも人が欲しいって話だった気がするんですけど。っていうか、僕達はあくまでサポートですよね?」  折原が黙り込んだ。視線が1点に向いている。視線を追いひとりふたり、その中心になったのは結城だった。  「え」  「…………櫻崎さんにご指名が来ている」  「実行部隊って変身するんじゃなかったです?」  「全部が全部じゃないが。その変身するヒーロー候補に櫻崎さん」  「な、なぜ!?」  さすがに結城の表情が驚愕に染まった。もちろん周囲も似たり寄ったりの顔をしている。運動はそう嫌いでもないがそういう問題でもないだろう。いよいよ折原の顔は苛立たし気に歪んでいた。  「詳しい話はなく、要望だけ投げてくるのはいつものことだけど、いい加減にしてほしいよね……。櫻崎さん、とりあえず今日の15時、面談だそうだ」  「どこに行けばいいですか?」  「どこだろうね」  「え?」  「書いてないんだよっ、そういう心づもりで居ろってだけで」  内心は穏やかではなかったが結城はしばらくの沈黙の後、結局笑みを浮かべた。折原が困っているのに質問をぶつけるのは気が引けた。  「じゃあ、そういうつもりでいます。何かの間違いかも知れませんし、あちらがどういうつもりなのかは聞いてみないとわかりませんよね」  「……無理難題言ってくるようなら相談してね。うちは公務の補助だけど、何でも引き受けるわけじゃないから」  「はい、ありがとうございます」  結城は周囲の頷く様子を見ながら頭を下げた。それぞれが無理やり意識を切り替えて集中しようとしていた。  会議は新しい部署についての通達。場所の確保。人事への相談。備品の取りまとめなど。結城は筆記当番だったので黙々と書き連ねていく。大半はタブレットやパソコンでの入力だが、いざ停電やトラブルが発生したときのことを考え終了後の印刷以外にリアルタイムでの筆記記録を残す決まりになっていた。結城は字が上手いので頼まれることが多い。  「佐野さんは香崎さんと備品の取りまとめを進めてくれるかな」  「わかりました。僕、最近の在庫表を印刷したばかりなので発注しないで済みそうなものをチェックします」  「じゃあ、私は絶対にないとわかっているものの発注先をピックアップします。へんな要望多い気がするし……」  「頼りにしています。浅井さんは人事への相談を頼むね。結城さんは通達文書作成及び配布」  佐野は資料集めに秀でていて、香崎はこちらに都合の良い発注先を見つけるのが得意だ。浅井は以前人事課にいたから話がしやすいし、結城は書類作成が好きだ。折原はそれぞれの適材適所をしっかり把握している。  「あ、香崎さん」  「はい?」  「ひとりで行動しない方がいいかもしれない」  「目を付けられているのは今更ですよ」  「嫌な感じがするんだ」  香崎はそんなもの蹴散らすのにと言いたげに肩を竦めたが折原の真剣な顔と仲間達の心配そうな表情に「気を付けます」と頷いた。
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