ヒーローになる理由

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 20XX年、とある女性の物語。  櫻崎 結城は誰にでも優しく、親切で職場の空気清浄機とも、癒しナンバーワンとも呼ばれる存在だ。年齢はとても若く見えるが四十路。珍しいことだが若く見られるのが嫌いという。そのため年齢の話は一切禁句と周囲は理解している。だから初対面か超鈍感の人間以外は話題にしない。別に豹変するわけでも、毒を吐くわけでもない。けれど……変わらぬ言動が、笑顔がとても怖い。それが居合わせた人間達の共通認識だ。  「サクラちゃん」  「何でしょう、新見課長」  大半の人間が慌ててその場から離れたり、顔を引き攣らせる中、結城は常変わらぬ笑みを浮かべ向き直る。セクハラ、モラハラの権化、総務課長の新見新造は女子社員は全て自分の取り巻きと信じている。  「今日も素敵な黒髪の靡き具合だねぇ、浴衣を着たら可愛さと複雑な色っぽさが増すだろうね、そういうイベントしようか」  「いつもお褒め頂きありがとうございます。けれど浴衣は着るなと家の方針があるんです。申し訳ありません」  「えぇ~、まぁ、その憂いに満ちた目が見れたから良しとしよう。あ。そうそうなんか新しい部署ができるらしいから仕事が忙しくなるよ。女の子のねぎらいに期待しながらやっちゃおうねー。哀れな平社員の男性陣にも優しくしてくれるように通達しちゃうからさ」  女が男を立てる。機嫌を取って媚をうって当然なんていつの時代の話をしているんだ。そう大多数が思うも逆らってクビになったり、ひどいセクハラをされたり、うつ病に追い込まれたりした数が半端なものではない。だから十分に距離が空いてから仲の良い社員たちが結城を心配して駈け寄るのがせいぜい。  「結城さん、大丈夫?」  「私、匿名の告発メール、人事に送ったから!」  「僕も課長寄りの人にセクハラ指摘はしてるよ。でも、直接戦えないの情けない限りだ」  「大丈夫です。みんなのお陰で私、本当にそう思えるんですよ。だから、あまり危ないことはしないでください。何かあったら、会えなくなったら……そんなこと、考えたくないんです。ね?」   被害に遭っているのは結城だけではない。頻度は多いが周囲にわかってくれる人がいて、こうして気遣いあえる人がいるなら大ごとにしない方がいいと結城は信じていた。だから、そんな風に歯痒そうな悲しい目をしないでほしい。困ったように俯くと通りすがりの主任がパンパンと手を叩いて意識を向けさせた。  「ほらほら、新しい部署に関する会議するよ! 日常茶飯事に凹む暇があったらやることやって被害減らした方が効率的!」  悔しいがその通りだ。辞めない限りはここでの仕事を回さなければならない。この会社は市役所や警察、消防などありとあらゆる公的機関の人手不足が原因の業務停滞を解消するために設立された第一号の会社。  以前までは単純にと言っては語弊があるかもしれないが民営化とされていたがサービス低下の批判が激増。民営化反対の声が多い中どうにか業務をマシにするために取った手段がこの公務補助エージェンシー。あくまで民営化ではなくサポート人員を増やして真摯に対応しますよというかたちにしたのだ。秘密保持など制約が多い代わりに公務員に近い給料が支払われること、市民への公務が安定するためのお助け部隊というキャッチフレーズで羨望の眼差しが多いことから辞めたら勿体ないという空気が濃い。但し内情は自分達がいなければ公務が滞るという事実を笠に着てやりたい放題をしだす人間が増え、問題があっても適切な処置をされないブラック企業と化している。勤務継続を希望するならやり過ごす一番マシな方法を会得していくしかない。諦めに似た苦笑を浮かべた顔を見合わせて業務へ向かう。
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