今、迎えに行ってるよ…

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今、迎えに行ってるよ…

「シイ、迎えに来るって言ったろ?」 ドア越しにキウが話しかけた。 だけども、彼の問いに反応する人はいない。 私も、彼がご指名の妻…私の恋人シイも、だ。 シイに至っては、私の唇に人差し指をあてがい、「声を出さないで」と指示している。 無駄なのにね…だって、彼は既に気づいているもの。 妻が恋人である私の所にしか来ないって事、わかっている。 室内の私達…いや、妻の無反応に対し、夫君の盛大なため息が聞こえる。 「…お前な、いい加減に腹、決めろよ!」 「…シイ、放っておくの?」 小声で尋ねる。 居留守なんて、ドアの向こうの彼にはバレている。 だけど、私は恋人を慮り、無駄な居留守に付き合う。 「招き入れろって事?」 恋人も小声で返す。 「彼を、どうするつもり?」 「…」 「…シイ?」 「…君の部屋だし、きっ…君が決めてイイヨ…」 恋人もどうしていいか分からないようだ。 丸投げの声色が、角ばってしまっている。 「いいって言われても…貴方に御用があって旦那さんは来てるんでしょ?」 私はパートナーに向かって尋ねた。 すると、この質問は恋人の中にある何らかのスイッチを入れてしまったようだ。 彼女は、噛みつかんばかりの声で叫んだ。 「あいつは、私を強制送還するために来たんだ!」 …小声は完全に台無しになった。 ま、居留守はバレバレだったからいいけど。。 私はため息をついて言った。 「……そう…なら開けるわ。」 「…………!!!???」 恋人である私が敵側に己の身柄を引き渡すと思ってなかったのだろうか… 恋人は驚いた様に目を見開き、私を凝視してる。 「ロク…君が、君が…そんな真似を?」 まるで、母親に見捨てられた子供の様な顔だ。 「自分で言ったんじゃない?…君が決めていいって。」 「…意地の悪い…感じゃない…」 拗ねた様に恋人が言い放つ。 確かに、揚げ足取りをした。 そんな真似は普段私よりも、 論理的思考大好き人間の恋人の方が、むしろやりがち。 まあ…私の恋人の場合は、意地悪と言うよりも「天然」で使っている事も多いけど。 そんな要因もあり、意外に敵の多い困ったちゃん。 しかし、自分にその武器を向けられると、何倍もショックを受けるみたい。 そこは自己中人間の特徴だな、とは思った。 そんな癖ある部分も、付き合う内に、味があって面白いって思うようになったんだけど、ね。 話を元に戻して… 恋人は、そんな冷静な私の思いを知ってか知らないか、 私の両手をギュッと握ると、いやだと言わんばかりにゆっくり顔を横に振る。 「怖いの?…彼が。」 「ああ、怖い。」 あっさり認めた。 「彼…社交的に見えるけど、怒ると厄介そうな人よね。」 「驚く程、話が通じない。今まで通り君との関係は続ければいい。けど、俺の存在を忘れるなって」 「…私は貴方の公認の愛妾になったの?」 「…違う!」 「違う?…貴方から伝えられた台詞ではそう解釈できるわ」 「問題はそこじゃ無くて…私にその気がないのに彼の妻でいる事を要求するんだ。…理解不能だよ!」 「あれ?彼って…事実婚の奥さんがいるんでしょ?…」 「ナナの事?…いや、ちがう…それは私の思い違いだった」 「…なんだ。…じゃあ問題ないじゃない」 「…待って、話がよく見えない。…何が言いたいの?」 「関係者だけ…この奇妙な三角関係を納得してればいいのでしょう?…つまりは私、貴方、彼」 「…は?…納得って?」 「…だって貴方、彼の事、嫌いではないでしょう?」 「………」 「…後は貴方が納得待ち状態でしょ?現状は。」 「……………」 「…一度は、彼を受けてた訳だし」 「…」 「それに強制送還ってさっき自分で言ったでしょ?」 「…言った…確かに言ったよ?」 「そう。確かに言った。…意味する所は…戻るべきところに戻るって事でしょ?」 そう返すと彼女は絶句した。 私は構わず続けた。 「…戻って彼とちゃんと向き合いなさい。…そしてたまには私の所に遊びこればいい。」 「…」 「…ねえ、シイ。私に嘘はつけない。貴方が一番分かっている。」 「…だから自分にも嘘、つかないで。」 「…私は変えたくない。変わりたくない。」 まるで自分に言い聞かせる様に呟く。 「…怖いのは、彼じゃなくて、…自分だったんじゃない?」 「…」 「…貴方らしくないよ。…私なんかに言い負かされるなんて。屁理屈は貴方の方が上手なのに」 私の手を包む様にギュッと握られたた、シイの手を解き、逆にギュッと握ってあげた。 そのタイミングで、ドアの向こうから声がした。 『…姉ちゃん達、話の決着着いたろ?…開けてくれよ」」』 二人同時にドアを見つめる。 『…俺も、混ぜて』 思わず、私は吹き出してしまった。 思いだす事数年前、恋人が彼と結婚した事に怒り、この部屋から締め出した。 今では、その彼の元に送り出そうとしている。 人生って読めないもだ… ドアを開ける。 …目力が強い、童顔…に、似合わない無精髭がチラホラ生えた男…恋人の夫が立っていた。 「…久しぶり」 部屋主の私に挨拶してくる。 「…お前の面倒みれる奴なんてそうそういないだろ?」 「…」 「…俺とロクに面倒見させときゃあ、いいだろう?」 「…面倒見られる程、子供じゃない」 不貞腐れた様に恋人が言い返す。 「自分の居所も分かんないガキだろう…だからお前が、家を飛び出す時に言ったんだ。」 恋人の…妻の顔を真正面から見据えて言い放つ。 「絶対に、迎えに行くって。」
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