永遠の愛に微笑む

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「悪い。お前の気持ちは受け入れられない」 「……」  高校一年の夏。  目の前にいる女性に対し、俺はきっぱりと言葉を告げる。  俺は今告白をされた。  相手は同じクラスの女子だ。クラスでは真面目だが、仲のいい友達などおらず、ただ教室で一人でいるような印象の女だ。漆黒の美しい長い髪、黄金の丸い瞳を持った端正な顔立ちをしている。その雰囲気はどうにも近寄りがたい。一つ一つの仕草や立ち振る舞いがどこか綺麗で、同じ高校生とは思えないからだ。そのせいなのか、どこか敬遠されがちで、一人でいることが普通になっていた。  そんな彼女と俺には全くといって接点がなかったが、数か月前、その彼女と日直が一緒になった。その時に少し話したのがきっかけでその後もなんだかんだで話すようになった。最初は挨拶から、そして徐々に休み時間や昼休みも一緒に食べて、下校も一緒にするようになった。俺もクラスでは一人でいるタイプだったし、彼女と話すのは別に嫌ではなかった。彼女はあまり表情は動かないが、話の切り替えしは面白いし、笑うと表情が柔らかくなる。変に女らしくないところも、むしろ落ち着いたし、楽だった。  そんなある日、お昼休み時間に屋上でいつも通り二人でご飯を食べていた時に「好き」とだけ告白された。彼女からの告白に多少は驚いたものの、恋愛感情は一切なかったため、断ったのだ。  断ったことに少しの罪悪感と気まずさ、どう反応するかと少し怯えながら様子を見ていたが、彼女はいつも通り表情が動かない、平然な顔をしていた。 「……そっか」 「……わ、悪い」  いつも通り平然とした顔をしながらも、声が少し落ち込んでいることがわかり、思わず謝る。しかし、彼女は首を振って膝に置いていたお弁当を口に入れた。 「いいよ、好きな子いるってわかってたし」 「……は? なんで?」 「隠してもわかるよ。君、結構目で追ってるもの」  そう言われて不快に思って眉を潜めた。  確かに彼女の言う通り、気になる奴がいる。高校の合格発表の時、桜が舞う中で友達と笑顔で合格に喜んでいるその笑顔に、屈託ないその笑顔に、一目惚れをした。甘栗色のウェーブのかかった髪がなびき、桜が舞うその光景に映るあの子は、とても綺麗で、それでいて小さくて、思わず守りたいと思ってしまった。本当にたったそれだけだった。  けれど、あの子は隣のクラスで話す機会もなく、ずっと見ているだけだったが。  まさか、こいつにバレるとは思わなかった。  俺はちょっと悔しくて、カマをかけてみた。 「……勘違いかもしれねぇだろ」 「君、無愛想であまのじゃくだけど、結構見てたらわかりやすいよ」 「……」  目の前の彼女は少しだけ口角をあげてからかうように俺を覗き込んだ。それに俺はぐっと言葉を詰まらせた。彼女は時々俺のことを見透かしているような時がある。一緒にいる時間が長いからか、思考の先回りをされるようなことは何度もあった。どこに行こうとしているのか、何を考えているのか、ことごとくあてられた。  そしてその経験上、彼女が俺に想い人がいると確信しているのは間違いない。そう思って頬を引きつらせていると、さらに彼女はにやりと口角をあげた。 「名前、言ってあげようか?」 「……いや、いい」 「自覚はあるんだ」  参ったというように目を閉じ項垂れると、彼女はふっと表情を戻し、堂々と俺の弁当からおかずを攫って口に放り込んだ。もぐもぐと口いっぱいに頬張っているマイペースな彼女を見て、俺は溜息をついた。彼女にはいつも振り回される。 「だったらなんで告白なんてしてきたんだよ」  そう聞くと彼女は頬張っていたおかずを飲み込み、自分の空の弁当箱を淡々と片付けだした。 「……不毛なのは嫌だからね。私の気持ちも知らずに上手くいくなんて嫌じゃない」  そう言いながら感情を乗せるように弁当の風呂敷をきゅっと結ぶ彼女に、俺は複雑な表情をした。 「お前、根性座ってんな」 「ま、けどフラれるってわかってたし。それほどダメージはないよ」  彼女はいつも通りの顔をしていた。表情があまり変わらない顔だ。そんないつもの表情だから、本当に俺に告白してきたのかどうかさえ、白昼夢だったのではないかと思ってしまう。俺が気にしないようにと気遣っているのかもしれないが、どうにも彼女はサバサバしすぎて、逆に落ち着かない。普通はもっと気まずくなるものではないのだろうか。いや、気まずくならない方が助かるのだが。  もやもやと考え込んでいると、不意に彼女が立ち上がって俺の目の前に立った。それに俺は思わず見上げる。そこにはいつもの変わらない表情をした彼女がいた。いや、少しだけ笑っているのかもしれない。 「手伝ってあげるよ」 「は? いらねぇよ」  咄嗟にそう答えると、彼女は少し不満そうに眉を潜めた。 「そうやって君はかっこつける。君は誤解されやすいんだから、私がフォローしたほうが君の魅力は伝わりやすいと思うよ」 「……お前、そんな恥ずかしいことよく言えるな」  まるで説教するかのように腰に両手をあてて話す彼女の発言に、俺はげんなりした。魅力だのなんだのよくも恥ずかし気もなく言えるものだ。そもそも彼女はさっき俺を好きと言っていたはずなのだが、なんで当の本人がこうも積極的に仲を取り持ってくれようとするのか。 「ま、君の承諾なしでも勝手に応援するつもりでいるから、よろしく」 「……お前な」  どうやら俺の了承関係なしに、動く気でいたらしい。それに少し呆れていると、彼女は不意に悲し気に笑った。 「絶対成功させるよ、私約束は守るタイプだから」  表情の変わらない彼女が、こんな時だけ悲しい表情で笑うから、俺は何も言えず、罪悪感だけが胸に渦巻いた。
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