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プロローグ
「ぐわっ、く、苦しい……」
苦しい、とにかく息ができない。た、助けを求めなければ……
齢40を超え、いまだ独身。アルバイトを転々として食いつないできた。
土曜日の夜、やっと見つけた警備員の仕事に行こうとした俺に、突然の病が襲ってきた。
築40年のボロアパート。助けを呼ぶ声も出ない。とにかく外に出よう。息も絶え絶えに出口へ向かうが、足が動かない。もうダメなのか。
脳内を走馬灯が回り出す。幼少のころに駆け回った野原、あの頃は楽しかった。中学、高校での成績はそれなりだったが、文芸部は楽しかったな。
そうだ……、そこで初恋の人、カオリさんに出会ったんだ。気があって御付き合いをすることになったんだ。卒業と同時に俺が故郷から離れることになって、話し合いの結果、遠距離は厳しいからと別れることになってしまった。そのときに駅のホームで交わした口付けが、二人が互いに唯一、体温を感じるできごととなった。
その後、大学は出たが就職がうまく行かず、やむを得ずバイトで食いつないでいる。
10年ぐらい前だったか、久しぶりに同窓会で会った時、旦那とまだ幼稚園児の子供がいると聞いた。
一瞬アフターに誘おうかとも思ったが、彼女の幸せそうな生活を思ったら、それは出来なかった。
それでも、とても元気そうにしている彼女を見ていたら、もしあの時故郷にとどまっていれば……と、思うとせつなくなってきた。
あまりいい人生では無かったが、天国に行けば思い通りになるのだろうか……
そう思いながら、俺の意識は遠のいて行った。
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