サイドストーリーNo.1 アイコンタクト・トーク

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サイドストーリーNo.1 アイコンタクト・トーク

 スマホの紋章にもう一度触れると、紋章から出ていたモニターが消えて、青色から待機中を示す緑色に戻った。 「イザホ、スマホの扱いにもなれた?」  カレーの匂いが感じられてきたころにマウと顔を合わせると、マウはワタシの左腕を眺めながらたずねてきた。  うん、ちょっとだけど。その言葉を喉から出せないから、ワタシはマスクで隠れていない目元の表情でマウに伝えた。 「そっか。昔はモニターの閉じ方も慌てていたけど、ずいぶん上達したよね」  昔っていっても、2年前ぐらいだけどね。それに、まだまだ使いこなせていない機能もいっぱいあるし……車の中でマウに教えてもらって、初めて存在を知ったメモ帳のアプリも使わないと。 「そういえばさ、イザホ、紋章が普及する前からスマホがあったって知ってる?」  ……紋章が普及する前に? スマホって、紋章の技術から生まれたんじゃないの?  首をかしげると、マウは鼻をプウプウと鳴らした。 「紋章という技術がないころ、スマホは小型の端末の形をしていたんだ」  あ、そういえば、この紋章はスマホの形をしているって前にマウが説明していたっけ。小型の端末って、こんな形をしていたのかな? 「普段は小型の端末をポケットやバッグに入れて持ち歩いていたみたいだって」  ……ポケットやバッグに入れて持ち歩いていた?  ワタシは左手の手のひらに埋め込んでいるスマホの紋章を指さし、次に自分のポケットを指さした。スマホを使う時に、その都度ポケットの中から取り出さないとダメなの? 「今の人たちは、みんなその反応をすると思うよ。でも、スマホの便利さは小型の時代から変わらないんだって。なんせ、紋章が生まれる前からスマホは体の一部って言う人も出ていたんだから。まさか未来では本当に体の一部になるなんて、彼らは夢にも思わないだろうけど」  ワタシはこのスマホの紋章が、手のひらから離れてポケットに入っている様子を思い浮かべた。  ……やっぱり、埋め込んだ方がいいに決まっている。  だって、どこかに置いて忘れていきそうだし、他人に盗まれてしまいそうで怖いから。 「なあ、さっきからふたりは会話しているようだが……」  手を休めた店長さんが、ワタシとマウを眺めて話に入ってきた。 「そっちのお嬢さんの方、しゃべっているのか?」  ワタシとマウは互いに顔を合わせ、笑った。ワタシたちの会話は他の人とは違う。他人から見て不思議に思われても仕方ない。 「イザホはもともと声が出ないんだ。だから、イザホは表情やジェスチャー、場合によっては文章でコミュニケーションを取るんだよ」 「しかし、マスクをつけている相手の表情はわかりにくいんじゃないか?」  店長さんの疑問に、マウは誇らしく鼻を動かした。 「目元の表情の違いだけでも、ボクはイザホが伝えたいことがわかるのさ。だって、ボクたちは相思相愛だもん」  顔をこちらに向けるマウに、ワタシは笑顔でうなずく。  相思相愛とは互いを愛すること。  だから、ワタシとマウはとっても仲良しな友達ってことだよね。 戻る 【https://estar.jp/novels/25875404/viewer?page=1&preview=1
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