山の花嫁様

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 ───実はな、姉様が奇怪(おか)しくなるそのちっと前から山の神様の花嫁について噂があったのよ。  山っちゅうても、小さなもんや。けんど、小さくても山でな、山神様の祠が祀ってあった。何年かに一度、山がもの凄く荒れる時がある。どんな法則で荒れるのかは判らん。山が荒れると、実りが無く(のう)なる。荒ぶった獣が溢れる。獣だけやったらまだいい。得体の知れん、怪しい獣(もど)きが出るんや。そいつらは山の実りを食い尽くし、獣を喰い殺し、血で山を穢す。それを放っておくと、山を下りて来よる。そうなったら(しま)いや。  やから、山が荒れだすと誰も山に入らんくなる。迂闊に山に入って獣擬きに出会ったら最後や。骨の一欠片まで貪り喰われてまう。人の肉や血の味を覚えてまった獣擬きは手に負えん。里に下りて手当り次第に人を襲うようになる。人を喰うほどに凶暴になるんや。  そうなってまう前に……花嫁を差し出すんや。  山が荒れ始める前兆を捉えたら、本格的に荒れる前に花嫁を出す。花嫁なんぞと呼び名を与えとるが、簡単に云えば人身御供や。犠牲者を最小限に抑える苦肉の策やった。  それに選ばれるのは、まずは罪人。けんど、花嫁や。差し出すには娘でないといかん。村八分にされとった家、身寄りのない(もん)、流れ者……そういうとこの娘が選ばれとった。弱い者やな。それでもその内に娘が足らんようになる。そうなると……里の娘んらからになる。手癖の悪い者の居る家、早死にの家系の家、知恵が足らん者……  みんな泣いて喚いて嫌がった。そらそうや。花盛りの娘時代や。もう嫁入りも決まっとった娘も居った。尼さんのように髪を切ってまう娘も居ったし、自ら手篭めにされる娘も居った。そうなったら花嫁にはなれんでの。  その年、姉様が奇怪しくなってまった年は、花嫁(それ)を出さないかん年やった。  このままでは、姉様が花嫁にされてまう。花嫁なんぞになったら獣擬きに貪り喰われる最後や。父も母も俺も、姉様を隠した。里の者に見付かったら、確実に選ばれてまう。姉様はまだ正気に戻らんかった。  だけども人の口に戸は立てられん。屋敷の奥に閉じ込めておいても、姉様は出てきてまっとったしな。  山に異変あり。花嫁を神に嫁がせるべし───  今年は姉様が選ばれた。
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