山の花嫁様

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 ───俺の姉様は、綺麗な人やった。  俺の生家は米問屋でな、姉様はそこのお姫様としてそれは大事にされた。跡取りの俺よりも大切にされとった。姉様は真っ黒で真っ直ぐな髪をしとってな、いつも綺麗な髪飾りを付けとった。米問屋の屋敷の奥に隠されとった姉様は肌が真っ白で、人形のようやった。  姉様には想い人が居ってな、我が家に米を納めに来る農家の三男や。三男ちゅうのはな、どう足掻いても家は継げん。長男はもちろん、次男も長男にもしものことがあれば跡取りの可能性があるで大事にされる。けんど、三男は役に立たん。早々に追い出されるか、死ぬまで嫁も迎えられん働き蟻や。姉様はほんの時たま出てこられる店先で、その三男と出会ってまったんや。  姉様は恋心を抑えられんかった。(ろく)に顔も見ることも出来んのに、好いて好いて……どうしようもなかったんやろうな。よう泣いとった。  ───姉様は、静かに狂ってった。  信心深いお人やったのに、全く神仏を(まつ)らんくなった。仏壇にも手を合わせん。墓参りにも行かん。身嗜(みだしな)みもきちんとしとった人なのに、全く構わんくなった。父や母が何を言うても耳に届かん。神仏に助けを乞うた。祈祷師の(まじな)いも受けた。そんでも姉様は狂ったままや。  子どもの結婚は親が決めるのが当たり前の時代や。姉様にも縁談が組まれた。父母も結婚となれば正気に戻ると思ったんやろな。けんど、駄目やった。静かに狂っとった姉様やったのに、見合いの席で暴れてまった。綺麗に結い上げた髪は見事に崩れて、帯も乱れて長襦袢が見えてまっとる状態や。来る前に何をしたのか、新調した振袖の袖は裂けとった。  先に席に座っとった父母は絶句、同席しとった俺も石のように動けんかった。相手方も同様や。乳母が慌てて追い掛けててきたけんど、姉様は金切り声を上げた。揉みくちゃにされながらも姉様を引っ込ませようとした乳母から逃げて部屋中を走り回った。父に部屋から叩き出された時に襖障子に穴を開けた。  相手方は激昂した。父は姉様の状態を伝えとらんかった。あんな異常な娘を嫁入りさせるつもりやったのか、と相手方はそら怒り狂った。こればっかは父母の判断が甘かった。  姉様はそれから酷くなった。それまでは屋敷の奥に引っ込んどったのに、店先に出てくるようになってまった。興奮して叫んで、外に飛び出そうとする。それを俺や母や乳母や女中が必死に止める。半月もすりゃ、(だぁれ)も店に来んようになってまった。
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