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ぎぅと、回された腕に力が篭る。肩口に額が擦り寄せられて、さらさらと長い絹糸のような髪が、俺の胸元まで流れてきた。つくづく綺麗だよなぁ。妹の椿辺りが見たら、キャーキャー騒ぎ出しそうだ。
「そ、そっか……」
こういうことをストレートに言って来るのって、やっぱ日本人じゃないからかな。照れるというか、恥ずかしいというか。
「ヒイラギ、これなぁに?」
もだもだしてる俺の肩越しにサリューが覗き込んで来たのは、手に持った家族写真。俺は嬉しくなって、サリューにそれを見せた。
「これ、写真といって、人とか風景を写せる――えっと、絵みたいなものかな。達弘に頼んで持って来てもらったんだ。写ってるのは俺の家族。こっちが両親で、こっちが弟と妹。可愛いだろ?」
得意げに写真を指差してると、ひょいとそれを取り上げられる。
「ヒイラギ笑ってる」
「え?」
ぽそりと耳元で囁かれた声は、どこか冷ややかで。彼のこんな声を聞くのは初めてな俺は、思わず彼の顔を見上げた。でも見えたのは流れるプラチナブロンドの髪で、その奥の表情を伺うことはできない。
ぽぅと、サリューの手が輝きを帯び、手の中にあった写真がさらりと、砂のように崩れて砕けた。呆然とそれを見つめていた俺は、弾かれたみたいにサリューの腕を振り払うと、彼の方へ向き直った。
「なにするんだよ!?」
たかが写真かもしれないけど、大事な家族が写ったものだ。それも久しぶりに見るものなのに。あっちの世界じゃ、俺は行方不明になっていて、みんな心配してるだろう。その内達弘に伝言頼むつもりだけど、どう切り出そうか未だに迷って保留にしている。
でも俺は写真がなくなってしまったことより、それをしたのがサリューだってことの方が、何倍もショックだったし、すごく悲しい。
なんでだよと、もう一度口の中で呟くと、俺は唇を噛んでサリューを睨みつけた。しかし目に映った酷く頼りない表情を見て、思わず息を飲む。
目を大きく見開いてこちらを見たサリューは、くしゃりと顔を歪めると、驚いた顔をしているだろう俺に、背を向けて駆け去っていった。
どうしてだろう。思考停止してなにもできないまま身じろぎもせず突っ立つ俺の頭上から、小さな唸り声が響いた。
◇◇◇
ぽつぽつと、小さな雨音が鼓膜を震わせる。いつの間にか頭上に集った雨雲が、辺りを水の景色へと染め変えてゆく。
この世界は元の世界に似て、五つの季節がある。春夏秋冬ともうひとつ。まだ全部体験したわけじゃないけれど、今は初夏。水の匂いに混じって、生き生きとした緑の匂いがする。雨足がずんずん強くなる中、俺はサリューを探して彷徨っていた。
俺とサリューの住んでいるのは、家と言ってもかなりでかい宮殿ってやつだ。
住人は俺とサリューだけ。うちの手入れや俺たちの世話をしてくれる使用人も住んでるけど、ほんの数人だ。
サリューは余り人を近くに寄せるのが好きじゃないらしい。俺も使用人とはいえ誰かが1日中側にいるのは窮屈だから、その方がありがたい。当然庭も相当広い。
あてもなく捜す俺の頭上が一瞬明るくなったかと思うと、辺りを震わせるほどの轟音が響いた。雷だ。うわぁ。思わず頭を抱える。
苦手じゃないけど、近くで鳴るとやっぱキツイ。と、思っていたら、さらに雨が激しさを増した。強めのシャワーを浴びてるみたいで、ここまで来るといっそ爽快だ。困ったなぁ。視界も悪いし、一旦どこかで雨宿りした方が良さそうだ。
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