召喚獣と一緒。

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 辺りを見回す俺の視界の端に、建物の影が映る。近くまで寄ると壁がガラス張り、中は緑で溢れている。どうやら温室みたいだ。扉を見ると少し開いていて、鍵が掛かっていないのが判った。ちょうどいいから、雨が落ち着くまでいさせてもらおう。  温室の中に入ると、ぽたぽたと、髪や服から落ちる雫を払った。上着を脱ぐと手でぎゅっと絞る。水を含んだ布は、滝のように水を零した。  辺りを見回してみたら、青々とした樹々や色とりどりの花々。気温も外より少し高めみたいだ。暖かいから、風邪ひかないですみそう。前にサリューの前でクシャミしたら、青い顔になって医者呼ばれるわ、ベッドで布団蒸し状態になるわ、しばらく部屋から出してもらえなかったので、できれば病気は避けたい。  絞った上着で頭や身体を拭う。誰もいないみたいだから下も脱いで絞ると、さすがに裸は恥ずかしいからこれは履き直した。うぅ、湿って気持ち悪い。  ようやく落ち着いたので、辺りの様子を窺ってみる。中は結構広い、ちょっとした庭園のようだ。外観も凝っていて、ガラス張りの宝石箱みたいだったし、ここサリューの宮殿の敷地内だから、彼の所有物だよな。  そこまで考えると、先程のサリューのことを思い返した。怒ってるのは俺のはずなのに、俺より傷ついた顔して、あんな表情されたら、こっちの方が悪者みたいじゃないか。  奥へと続く小道を歩きながら、そんなことを考える。どうやら温室の中心へと続いていたらしい。開けた広場の真ん中に、泉があった。こんこんと湧き出る水の上に、睡蓮が浮かんでいる。傍らには心地よさそうなカウチが置かれ、ここで昼寝もできそうだ。  つい誘惑に駆られて近づいた俺は、かさりとした葉擦れの音を聞いた。緑の垣根の隅の窪んだところに、キラキラしたものが見える。 「サリュー」  膝を抱えて小さくなってるのは、探していた俺の召喚主。声をかけるとビクリと身体が震えた。なんでこんなところにいるんだろう。近づいて、傍らにしゃがみ込む。 「サリュー」  もう一度呼ぶと、おずおずと顔が上がる。頼りなげに揺れる眼差しに、彼が酷く怯えているのに気づいた。 「ヒイラギ、ごめん……」  サリューはしゅんと、耳が垂れたワンコみたいな表情を浮かべると、萎れた声を出した。俺はため息をつくと、彼の綺麗な髪に触れ、くしゃりとかき混ぜる。 「もう良いよ」  家族が写ったものとはいえ、写真は写真だ。達弘に頼めば、また手に入れることが可能なもの。 「それより、急にいなくなるなよ」 「ヒイラギに、嫌われたかと思って……」  俺の言葉にしょんぼりと、うな垂れた返事が返って来る。 「嫌わないよ」 「ホント?」 「うん」  おずおずと伸ばされた腕に自分から抱きつく。ぽんぽんと背を撫でてやると、ようやく落ち着いたのか、彼の身体の力が抜けた。  ふわふわとした小さな光の球が辺りに浮かび上がると、湿っていた服や髪が乾いてゆく。  どうやらサリューが魔法をかけてくれたらしい。ちょっとごわごわしてるけど、気持ち悪いのがなくなったから、助かった。  いいなぁ、魔法。  ありがとうと言うと、彼はゆっくりと首を振り、柔らかな笑みを浮かべると、俺にぎゅっと抱きついた。 「ヒイラギが笑ってたから」  やがてそうぽつりと言う。写った家族の写真。楽しそうに笑っている俺の姿を見て、胸が痛いと思ったら、写真が手の中で砕けたらしい。
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