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朝、則夫が通勤前に正人くんを幼稚園に送ってくれた。
私は久しぶりの弁当作りに少し疲れて、午前中は家でゆっくり過ごした。
そうこうしているうちに、お迎えの時間がやってきた。
幼稚園には親御さんたちが集まってきていて、子どもたちが園庭で整列している。
先生がさようならの挨拶をすると、子どもたちはわいわい言いながら解散する。ジャングルジムに登っていく元気な男の子たち、手を振ってお友達と別れ、お母さんの方へ歩いて行く女の子たち、園庭の端っこにうずくまって土をほじくり返している子、先生に張り付いたまま離れようとしない子、子どもたちは好き好きに動き回る。
そんな中、正人くんは私のところにやってくると、私の体に顔を埋めて心配そうに、ちらちらとどこかを見つめていた。
「正人くん、大丈夫?」
彼は無言で首を振ると、早く帰ろ、とつぶやいた。
疲れてしまったのかもしれない。
私は張り付いたままの正人くんを引っ張るようにして門を出た。彼は不安げな表情を浮かべ、目を伏せていた。
お母さんがいなくて辛いのかもしれない、と少し心配になった。
***
正人くんは寝息を立てて眠っていた。
リビングで則夫が本を読んでいる。
「ねえ、なんかさ」
「うん」
彼が本越しにこちらを見る。
「今日幼稚園のお迎えにいったら、正人くんが私に張り付いてきて、怖がってるみたいだった」
「そうか」
「やっぱり文香じゃないと辛いのかな?」
「まあそうかもしれないな。正人くんだってまだ年中さんだろう。そこの幼稚園は二年保育だから、年中組から入るわけで、まだ慣れていなくてもしょうがないんじゃないか。そこに、お母さんじゃない人が迎えに来るんだから」
「まあ、そうか……」
彼は本を置いて、顎をさすった。
「彼はそんなに積極的な子じゃなさそうだからなあ。僕らも子どもにあまり慣れていないし」
「何かしてあげられることはないかな」
「うーん……難しいなあ。明日、もう一度よく様子を見てみたら?」
「それもそうね――」
おばさん、というか細い声が聞こえ、目をこすりながら正人くんが寝室から出てくる。
私はどうしたの、と聞いた。
「怖くて眠れない」
振り向くと則夫と目が合った。彼の目は寝かしつけてあげたらどうだ、と言っていた。
「じゃあ、怖くないように一緒に寝よう」
私は正人くんの布団の横に寝転がり、彼の方を向いた。
布団の中から小さな手が出てきて、私の腕を掴んだ。
彼は常夜灯をぼうっと眺めて、眉をひそめていた。それからこちらに視線を向けた。その目は恐怖を訴えていた。
「おむかえのおじさんが怖い」
「お迎えのおじさん?」
彼はこくりとうなずき、それからおじさんはここに来ない? と尋ねた。
「大丈夫、おじさんは来ないよ」
不思議に思いつつ答えると、彼は安心したように息を吐いて、そのまま目をつぶった。少しして、彼は眠りについた。
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