不適応の肯定

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 何でこんな事になってしまったのだろう。やっぱり、お母さんの言った事は正しかったんだ。 「知らない人について行っちゃ駄目だからね。」 里衣子は、真っ暗な世界で母の言葉を思い出した。  幼稚園から他の子が迎えに来た親と帰宅する中、いつも来てくれる母の姿はなかった。どこかの物陰にいるのかもと思って、先生の目を盗んで道に出たところで里衣子に声をかけてきたのは見知らぬオジさんだった。 「お母さん、今日ちょっと用事ができちゃったから、今日はオジさんと一緒に帰ろう。オジさん、お母さんとはお友達だから。」 母の名前まで口にしたこのオジさんを里衣子はすっかり信じ切ってしまった。  ところが、車に乗ったとたん里衣子は目隠しをされ、どこか全く知らぬ場所に連れてこられてしまった。 「ギャーギャー騒ぐんじゃねぞ。これから、お前の親から身代金を取るからな。」 オジさんの声が聞こえた。だが、もう幼稚園の前で聞いた優しい声ではない。  里衣子はもう恐怖で声がでなくなっていた。 「神様、助けて。」 そんな事を何度も呪文のように心の中で唱えていた。  そんな願いが通じたのか、突如手足を結んでいた紐がほどけた。そして、誰かに抱きかかえられたような感覚がする。  自由になった手で里衣子は目隠しを外す。驚く事に里衣子は空中を飛んでいた。鳥のような綺麗な飛び方ではなく、揺れがかなり激しいがそれでも里衣子の体はオジさんからどんどん遠ざかって行った。 「う、浮いてる?」 オジさんが腰を抜かしているのが見えた。 「だれ?」 里衣子は自分の下で荒い呼吸の音を聞いた。目には見えないけど、誰かいる。 「警察です。」 里衣子を抱きかかえて、懸命に走る透明人間はそう言った。 「お巡りさん、助けてくれてありがとう。」 里衣子の言葉に透明人間は何も言わずに走り続けた。
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