不適応の肯定

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 そんなある日、僕は東名さんに出会った。 「君はその透明感のある体が好きかい?」 それが、喫茶店の一番端の席で帽子を目深に被っていた僕に東名さんが最初に言った言葉だった。  東名さんは僕のテーブルの反対側に腰を下ろしたようだったが、僕に認識できたのはひとりでに動いた椅子と、その椅子が立てた軋みだけだった。 「そんなに驚かなくたっていいだろ。他の人より君は圧倒的に俺に近いんだから。」 そう言った東名さんは、薄いレジ袋の僕なんてとても比べ物にならない程完璧な透明人間だった。 「君はその透明感のある体が好きかい?」 もう一度、東名さんは聞いて、それから「まあ好きなんだろうな。」と自分で結論を付けた。  東名さんの人となりを説明するのはなかなか手間がかかる。でも、東名さんを一言で説明するならば、東名さんはかなり変わった人だった。  まず、東名さんの一番変わっているところは、その体が完全に透明で目で認識する事が全くできないところだ。そして、東名さんの次に変わっているところは、東名さんが裸族であるところである。  実はこの二つは同じ事で、東名さん曰く「服を着たら透明である意味がない。」そうだ。確かに、目で認識できないという事は服を着ていないと言う事である。 「俺は裸族だが、露出狂じゃないぜ。何も露出してないからな。」 と、東名さんはよく言った。  そして、東名さんはそれなりに金持ちである。普通のサラリーマンの倍くらいの金額を稼いでいるらしい。 「ネットと顔なじみの店以外では買い物ができないから、あまり使うところもなんだけどな。」 そう東名さんは言ったが、僕は「東名さんの顔なじみ」は果たして本当に「東名さんの顔がなじんでいる」のだろうかと考えていたら、なんだか笑いが止まらなくなってしまった。
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