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そんな時、東海さんから一本の電話が入った。
「東名がいなくなった。」
東海さんによるとその日、東海さんと東名さんはショーの演出の事で揉めて喧嘩になったそうだ。怒った東名さんは「もう、お前とは話さん。」と言って稽古場から出て行ってしまったらしい。
「あいつは透明だから、事故に遭ったり、病気で動けなくなってしまったら誰にも気付いて もらえないんだ。」
電話越しでも、東海さんの声が涙で震えているのが分かった。
「分かりました。僕も探してみます。」
とりあえずそう返した僕だが、透明な東名さんを見つける算段は全くなかった。
僕は東海からの電話を切ると、ひとまず東名さんの携帯電話へ電話をかけてみた。
「おう、どうした?透明度は上がったか?」
あっさりと東名さんは電話に出た。
「東名さん、何しているの?東海さん、かなり心配しているよ。」
「東海?あの野郎は許せねえな。確かに俺たちのショーは最近一時の人気より落ちて来ているが、あの野郎『目の色を変えないとだめだ。』とか抜かしやがって。」
電話の向こうで東名さんは憤慨していた。
「俺は自分が透明だって事を気に入っているんだよ。それで今までやって来たんじゃねえか。俺の体は塗り絵じゃねえんだ。今さら目の色なんて変えられるか。」
東名さんは江戸っ子気質なので基本的に短気なのだが、どうやら今回は完全に勘違いで怒っているようだった。恐らく東海さんは東名さんに目の色を変えて欲しいとは思っていないと思う。きっと、東海さんは東名さんに「もう一度頑張ろう」と言いたかっただけだ。
何とか東名さんを宥めて電話を切ってから、僕は初めて東名さんに会った時の事を思い出した。
「君はその透明感のある体が好きかい?」
東名さんは僕にそう聞いたのだ。
「まあ好きなんだろうな。」
とも言った。
確かに僕にとって自分の透明度のある体は社会に適応するために障害だった。しかし、それならば色を塗ればよかったのだ。透明な肌に肌色を塗って生活すれば十分普通の人にもなりえた。しかし、それをしない僕を見て、東名さんは「まあ好きなんだろうな。」と言ったのだ。
つまり、僕は透明でありながら社会に適応したかった。
そのために、より普通の人間である事より離れていったのだ。僕はどんどん、どんどん透明になる。どんどん、どんどん普通の人間から離れていく。そんな僕を社会は受け入れてくれるだろうか。人は受け入れてくれるだろうか。そんな日を探して、僕は透明になる。
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