浮気しちゃだめ

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 足音で、帰ってきた! とわかる。今日はちょっと帰ってくるのが遅い。嬉しい気持ちともう! という気持ちがまざって、嬉しい気持ちばかりが表に出ないように、表情を作る。やっぱり、優位に立っておきたいじゃない? 私ばっかり好きだなんて思われたくない。  でもなかなかドアが開かない。何? 何かのサプライズ? わくわくしながら澄ました顔で待っていると、ドアが開いてあなたが入ってきた。  おかえりなさいの挨拶をしようと近寄ったら、なんだか様子が違う。 「ただいま」  何その顔……と近づいて、はっとした。最悪! 浮気! 浮気だ! また浮気した! 「え、ちょ、待、待って……」  慌ててる! 慌てたことで、こっちはちょっと冷静になる。この匂いは、お店だ。誰かの家に行ったとかじゃないだけましかもしれないけど……ううん。全然ましじゃない。全然ましじゃない! 騙されない! だってお店には自分から行ったんでしょ。付き合いで行ったのかもしれないけど、それだって楽しんだんでしょ! 私だけじゃ満足できないわけ? そりゃ私は素直じゃないしもう若くもないけど、でもだからって! だからって何なの! 今日も一日あなたのこと待ってたのに! 「ご、ごめん……ごめんね……許して……」  そんなふうになるんだったらなんで浮気するの? 結局私が許してくれるって思ってるんでしょう? そういうふうに侮られるのも許せない。いつもいつも都合がいいときは私が一番ってでれでれしてるくせに、結局本当には一番上にしてないじゃない。腹が立つ! 腹が立つ! 腹が立つ!  私が怒ってるのが怖いのか距離を取ってよそよそしくしてる。そういう態度も腹が立つ。  あなたはちらちらこっちを伺いながらお風呂に入った。上がると匂いがだいぶましになって、これでいいかなってこっちをまたちらちら伺ってくる。何。そんなんじゃ許さない。許したくないのに、いつものあなたの匂いがして、くっつきたくてうずうずしてくる。うう。やだ。やだなあ。無理にぷいっと顔を背けると、あなたががっかりしているのがわかる。うう。 「ごめんね」  と何回も何回も何回も言って、あなたはベッドに入った。入ってこない私に寂しそうな顔をして眠ってしまった。私は部屋の隅っこにうずくまって、あなたの寝息を聞いている。全然いつもと変わらない、あなたの寝息だ。  ああ。やだ。結局全部許しちゃう。本当は最初から全部許してる。小さい私が何度手に爪を立てたって、ソファをぼろぼろにしたって、あなたは全部許してくれた。しょうがないなって。困った、でも嬉しそうな顔で。私だっておんなじ。何をされたって、許してる。私にはあなた。あなたには私。結局お互いにはお互いしかいない。  するっと枕元に入り込むと、あなたの口がむずむず動いて、寝ながら私の背中を撫でた。あなたと私の二人の匂いがする。この匂いが世界で一番好き。  だから、だから、浮気しないでほしい。許してあげるけど、やっぱり浮気はしないでほしい。私のことだけ撫でて、私のことだけ可愛がって。  にゃあ、と小さく鳴くと、あなたが寝ながら頷いた気がした。  おやすみ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加