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彼はやっぱり今年の営業の新入社員の子だった。名前を吉沢新という。いつもは僕が退社してから外回りから帰ってくるので会うことは無かったのだけど、今日は僕の方が遅くなったのでたまたま会社ですれ違ったらしい。
とりあえず自己紹介だけして会社に戻って行った彼、吉沢くんを思い浮かべても、僕はあの時のことを全く思い出さなかった。
確かに香りは、知っているような気がしないでもない・・・。
彼ら新入社員が会社にきたくらいから、出社すると時々いい香りがするな、とは思っていた。その香りは心地よく、心が落ち着いた。
あの香り、吉沢くんの残り香だったんだ。
時間が経つと消えてしまう香り。恐らくその香りが消える前に出社した時にだけ、嗅ぐことが出来たのだろう。
まさか、それがアルファのフェロモンだとは思わなかった。それも、玲央の父親のだなんて・・・。
僕は人知れず頭を抱えた。
彼は新入社員だ。ということは、僕と10歳も違うことになり、玲央ができた時は19歳・・・大学一年生だ。
僕はいたいけな未成年の学生を襲ってしまったのだろうか・・・?しかも妊娠したということは、発情していたと言うことだ。発情期のフェロモンで何も知らない若いアルファを手篭めに・・・。
てっきりあのまま魔法使いになるかと思っていたら、何も知らないフリをして、いたいけなアルファの子供を襲っていたなんて・・・!
誰もいない部屋で自分のしたかもしれない行いにジダバタしていると、インターフォンが鳴った。
来た。
吉沢くんだ。
モニターを確認して、エントランスのカギを開けるも、分かってしまった事実に会わせる顔がない。けれど呼んでしまった手前帰ってもらう訳にも行かないし、何より、あの時のことを聞きたい。僕はとりあえず何も知らない風を装った。
玄関のインターフォンに笑顔でドアを開ける。
「いらっしゃい。場所すぐ分かった?」
ここは年上の嗜み。どんな状況でも笑顔と余裕で出迎えるのだ。
けれどそんな僕とは対称的に、吉沢くんは顔を強ばらせて少し後ずさった。
怯えてる?
やっぱり僕、あの時吉沢くんを襲っちゃったのかな?
僕の顔もひきつりそうになるけれど、そこは意地で堪えて彼を迎え入れる。するとそこは吉沢くんも素直に応じてくれて、中に入ってくれた。
「そこ洗面所だから、先に手を洗ってきて」
子育てをしていると、手洗いうがいは気になってしまう。うがいはともかく、手は洗ってもらいたい。
ほぼ初対面でのその対応に嫌な顔をするかと思ったら、それに素直に応じてくれる。
いい所の子なのかな?
なんて思いながら手を洗ってきた吉沢くんを促してリビングに入り、ダイニングの椅子を勧める。
「ごはんまだでしょ?適当に作ったから、食べながら話そう」
そう言ってごはんとみそ汁を装った。おかずは下から来てもらうまでに温め直したので大丈夫。
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