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「初めて会った瞬間からあなたに惹かれ、発情のフェロモンにあてられたからでなくあなたを抱いたのに、それを伝えるとこもできず、『またね』と笑ってくれたあなたの気持ちを確認することも出来ない自分が本当に情けなくて・・・」
悔しそうに震える吉沢くんがなんだか愛しくて、僕は手を伸ばして玲央にそっくりなサラサラの栗色の髪を撫でた。
吉沢くんの話を聞いても僕は全然あの時のことを思い出せないけれど、とりあえず僕が吉沢くんを襲ったんじゃなくて良かった。
「ずっと僕を探してくれてたんだ」
なでなでしながらそう言うと、吉沢くんはこくんとひとつ頷いた。
「ごめんね。僕、何にも覚えてなくて」
その言葉にずっと大人しく撫でられていた吉沢くんは急に顔を上げた。
「あの・・・本当に覚えてないんですか?」
僕はびっくりして手を引っ込める。
「うん。全然。いま話を聞いてもまだ思い出せなくて・・・。ごめんね。吉沢くんはこんなに苦しんでるのに」
すると吉沢くんは引っ込めた僕の手を両手で取り、その手に包んだ。
「浜崎さんだって、覚えてないのに子供を生んで育ててるじゃないですか。あの子、僕の子ですよね?あの時僕は何も避妊しなかったから・・・。浜崎さんこそ、僕なんかよりいっぱい悩んで苦労したんじゃないですか?」
確かに、全く清い身体だと思っていた僕のお腹に突然赤ちゃんが現れて、正直戸惑って怖かったけど、だけど、その子の存在を知った瞬間からこの子は僕のすべてになった。
「悩んだのなんてちょっとだよ。あの子は僕にたくさんの幸福をくれた。苦労なんて思ってない。僕の命より大切な宝物だよ。その宝物をくれたのが吉沢くんなんだね。・・・吉沢くんで良かった」
悪い人じゃなくて良かった。
怖い思いをした訳じゃなくて、良かった。
心からそう思い、玲央を思い浮かべて自然と笑みがこぼれる。そんな僕を見て、吉沢くんは顔をくしゃりと歪ませて下を向いてしまった。
「悔しいです。なんで僕はあなたを見つけられなかったんだろう。もし見つけられてたらちゃんと告白して、お腹の子を喜んで、育っていくのを傍で見守りながら、生まれてくるその瞬間に立ち会えたのに・・・」
僕の手を握ったまま下を向いた吉沢くんの目から雫が落ちる。
「傍にいたかったです。傍にいて、生まれてきた子供を抱っこして、おむつを替えてミルクをあげて、そして寝返りや立っちやあんよをこの目で見たかったです」
握った手にさらに力がこもる。
「今から・・・今から僕を浜崎さんと子供の傍に置いてもらえませんか?浜崎さんが好きなんです。あなたと一緒に子供の成長を見届けたいです」
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