魔法使いになりそこなったお話

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「擬陽性・・・て」 発情期でもなかった上に、記憶がないとはいえちゃんとメッセージも送っている。それに服も着て施錠された自宅のベッドにいたんだから、これはどう見ても『陰性』なのでは? 「妊娠してなければね。他に思い当たる日はないんでしょ?だったらこの日が一番怪しいじゃない」 確かにこの日以外で怪しい日はない。この日だけ、覚えていないんだから・・・。 「でも覚えてないんじゃ、仕込まれた日を特定しても何にもならないわね。本当に何も覚えてないの?」 仕込まれたって・・・。 「う・・・ん」 改めて思い返してみても、全く思い出せない。 「もしそうだとして、無理矢理とか、乱暴された訳じゃないと思う」 怖いとか嫌だとか気持ち悪いとか、全然感じないもの。 「・・・ならいいけど。で、どうするの?」 頭の中であの日を思い出そうとしていると、美香ちゃんが不意に言った。 「何が?」 「子供よ」 子供? お腹の赤ちゃんのこと? 「生むの?」 真剣なその言葉に僕は一瞬ポカンとする。 「え?生まないの?」 当然とばかりにそう言うと、美香ちゃんは僕の両肩に手をかけて僕の目を見る。 「だって、どこの誰の子か分からない、しかも、いつそうなったかも分からない子だよ?怖くないの?」 怖いって・・・。 「やっぱりエイリアンなの?」 金髪で光る目の子が生まれるの? 「違うから。よく考えて欲しいの。波瑠ちゃんの一生の問題だよ。子供を生むって、犬猫を保護するのとは訳が違うんだから」 美香ちゃんはすごく真剣にそう言ってくれるけど、僕の中には一択しか無かった。 「どんな子でも生むよ。だって命だよ。ここに、確かに命が宿ってるんだよ。どうしてここにいるのかは分からないけど、でも僕のところに来てくれた。せっかく来てくれたんだから、大事にしたい」 気持ち悪くて何度も吐いて、だけど、ここに赤ちゃんがいるって分かったら、途端にその気持ち悪さも愛おしくなった。 今はただただ愛おしい。 「心配してくれてありがとう。でも、僕は生むよ。どんな子でも」 美香ちゃんの心配は分かる。きっと逆の立場だったら、僕は美香ちゃんに同じことを言うだろう。だけど、僕はこの子を殺すことなんて考えることも出来ない。 「それに一生って言ったって、来年30だよ?もうそんなに出会いもないだろうし、さらに子供なんて・・・。きっと神様が魔法使いになる代わりに親にしてくれたんだよ」 生む時は30歳になってるし。 そう言って笑ったら、美香ちゃんは泣きそうな顔になった。 「・・・分かった。波瑠ちゃんがそう言うならもう何も言わない。私も協力するよ。一緒に子育てしよう」 そう言って目を潤ませたままにっと笑った。 「美香ちゃんはまだ頑張って。人生捨てちゃダメだよ」 僕が30なら美香ちゃんも30だ。そして、先日彼氏と別れたばかり。 「もういいよ、男なんて。私には波瑠ちゃんと赤ちゃんがいればいいよ」 いやいや、だめだから。
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