魔法使いになりそこなったお話

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そう言って通話を切り、僕は座席に戻った。と言うのも、今日は珍しく会社のおつかいで日帰り出張をしているのだ。出張と言っても書類を届けて代わりの書類を持って帰るだけの誰でも出来るもので、これを頼んだ上司も、駅弁でも食べながらのんびり行ってきて、とちょっとご褒美的に僕を指名してくれたんだけど、まさかその新幹線が止まるとは・・・。 新幹線て、滅多に止まらないはずなのに・・・。 なんと途中の踏切の電気系統の故障で、まさかの停止。それが直るまで車内に閉じ込められる羽目になってしまった。 玲央のお迎えに間に合わない、と焦ったものの美香ちゃんが行ってくれることになって一安心。だけど、早く動いて欲しい。 そうして足止めをくらい、ようやく会社に着く頃にはへろへろだった。 「ただいま戻りました」 僕は早速もらってきた書類を上司の席へ持っていく。 「ちょっとのんびりしてもらおうと思ったら、却って遅くなっちゃって悪かった。お迎えは大丈夫か?」 申し訳なさそうにそういう彼は、僕と同期のアルファだ。僕が産休育休に入ってる間に昇進して課長になっていた。 「新幹線が止まるなんて、想定外なのでしょうがないです。お迎えは友人に頼みましたから大丈夫ですよ」 そう言って会釈をすると帰る準備をする。美香ちゃんにメッセージを送ると会社まで来てくれるらしい。 近くのファミレスでごはん食べさせてくれたからすぐ来ちゃう。そう思って僕は急いでオフィスを出てエレベーターに乗った。その扉が閉まる瞬間、誰かがこちらに駆けてくるが見えたけど、僕はそのままエレベーターで階下に降りていった。 今の人、エレベーターに乗りたかったのかな?ここは開くを押して乗せてあげるべきだった?だけど僕も急いでるし・・・。 そう思いながら、下に着くまでの短い時間、その人のことを思う。 あれ、誰だったんだろう?顔までは見えなかったけど、知らない人っぽかった。そう言えば、新入社員が何人か入ってきたから、その一人かな? 僕はまだ玲央が小さいので、少し遅く出社して早めに退社している。だから時間が合わず、まだ営業の新入社員さんには会えていない。 僕が会社にいる時間はもう外回りに出ているから。 なんだろう。 胸がドキドキする。 ほんの一瞬姿が見えただけのその人が頭から離れない。そう思っているうちに、エレベーターは一階に着いた。 「はるちゃん」 先に着いていた玲央がこちらに駆けてくる。 「玲央、ごめんね。遅くなっちゃって」 てけてけ走ってくる小さな身体を受け止めて抱き上げる。その後ろから美香ちゃんが笑いながらついてきた。けれど次の瞬間、その笑顔が凍りつく。
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