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エピソード9 マンハント
ネクストエボリューションコンピュータールーム。
「主任、彼らがメッセージを更新しましたよ」
「どれ見せて」
アリスがモニターを覗き込む。
「『ファームエリアの火災によりこれが当面最後のメッセージになると思います。
そちらで何か進展がありましたら連絡をください、以上です。』
ふむ、成程ね」
「彼らが詮索してこなくて良かったですね」
「馬鹿ね、その逆よ」
「えっ? それはどういうことで?」
男性職員は首を傾げる。
「考えてみなさい、彼らにしてみれば現在のARと外部の状況がどうなっているかどんな些細な情報でも喉から手が出るほど欲しいはずよ、例えメッセージを送れるのが最後になるからって何も聞いてこないのはおかしいとは思わない?
もう一度だけなら私達に質問できるのによ?」
「確かに」
「私は彼らを侮っていたわ、気付いたのよAR内のアバターの死亡が現実の死亡に繋がるって……きっともう一度彼らが同じ質問をして来ても私たちはテンプレメッセージで返してくるのが分かっているから何も質問してこないのよ」
アリスは先ほどまでキャンディーが付いていた棒を噛みしめる。
「あなた、ちょっとやって欲しい事があるんだけど」
アリスが咥えていた棒を口から引き抜きその棒で男性職員を指さす。
「何でしょう?」
「AR内からは誰も出る事は出来ないのよね、じゃあ逆はどうなの?」
「えっ? どうでしょう、調査してみなければ何とも……」
「もう!! だから今すぐ調べてって言ってるのよ!! さっさとやりなさい!!」
「はい!! アリスちゃん主任!!」
男性職員は慌てて自分の端末と向き合い慌ただしく指を動かし始めた。
(どうやら私も外から眺めているだけじゃ済まないかもね……)
アリスはお菓子箱から新たなキャンディーを一本取り出しラッピングを剥がし始めた。
AR内ラウンジ。
クランヒーローズジャムの面々がファームエリアから転送され戻って来ていた。
「ふぅ……全く、どこへ行っても落ち着く事が出来ないな……」
ラウンジエリアへ戻って来るなりアキマサは不満を漏らす。
「仕方ないでしょう? 今はAR内が災害に遭っている様なもんなんだから」
「シンディ、お前は強いな、こんな状況になっても愚痴一つ漏らさないんだからな」
「そりゃあ私だって不安がない訳じゃないのよ? ただこういう時はジタバタしても始まらないと思っているだけ」
「それが強いって言ってるんだよ」
アキマサはシンディに優しく微笑む。
「なっ、何よ……褒めても何も出ないわよ? 今は特に」
シンディはアキマサから顔をそむけた。
彼女の頬がほんのり赤く染まっていたからだ。
「なあ、これからどうするんだコウ? もうしばらく草むしりはしないんだろう?」
「ああ、ゲーム運営にはもう何を聞いても僕たちが知りたい情報は引き出せないだろうからね、だけど外部に連絡できたのは大きいと思うよ、多かれ少なかれゲーム運営には刺激を与えられたと思うしね……問題は寧ろこれからさ」
「どういう事だ?」
ケンジの頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「ウフフフ……みんな、さっきのファームエリアの火遊びしていたおバカさんたちを憶えてる?」
ミカがコウに変わって口を開く。
「ミカさん!!」
アキマサの顔の締まりが無くなっていく。
その様子を面白くなさそうに見ているシンディ。
「ラウンジ設定で戦闘行為が出来るようになったからって重火器を使って作物や植物を燃やしていたふてえ野郎どもでしたね、それがどうかしたんすか?」
「彼らはその破壊衝動の矛先をファームエリアの植物に向けた訳よね? そしてそれを止めようとした私達へと照準を切り替えた……なら初めから一段階目を飛び越える人間も出て来るんじゃないかしら?」
「ミカさんは人が人を襲うようになるって言うんですか? アバターを殺したらそのプレイヤーが死ぬかもしれない可能性を無視して……」
アキマサは冷や汗が出た。
「ここはバーチャル空間、そしてゲーム……そこに思考が及ぶ人間がどれだけいるかしらね? それに極限状態に陥った人間がどういう行動を取るか分かったものでは無いものね」
「………」
ミカの言葉に一同は黙り込んでしまう。
「僕もミカさんの意見に賛同する、みんなも自らの身を守るために武器や装備をいつでも呼び出せるようにしておいてくれ」
コウの手には既にマシンガンが握られていた。
「怖い!!」
「大丈夫だよキャシーちゃん、俺が守ってやるからな」
脅えるキャシーに寄り添いケンジもシールドを装着した。
アキマサも右手にランスを持ち周囲の警戒に当たった。
ラウンジには人っ子一人いない状態だった。
そして相変わらず瓦礫と遺体が転がったままで惨状は変わっていない。
こんな戦場跡みたいな場所に留まっていたい者が居るはずはない。
しかしだからこそ戦闘を好む一部のアバターが残っている可能性が大いにある。
クランヒーローズジャムの面々は一定の距離を保った陣形を取りつつ歩みを進める。
「コウ、取り合えず次はどこへ行く?」
「まだ行っていないエリアを調査したいところだね」
ラウンジエリアの西側、別のエリアへのゲートがある所に差し掛かった時だった。
「ヒャッハーーー!!」
突然モヒカンの一団が彼らの前に現れた。
手にはそれぞれ剣やナイフに釘バット、チェーンソーを持っている者もいる。
まさにならず者の典型だ。
「ハハーーー!! やっちまえ!!」
「くそっ!! ミカさんの言った通りか!!」
一斉に飛び掛って来たモヒカンたちに敢然と向かっていくアキマサ。
武器のリーチを生かし殺さないよう柄の部分を使いモヒカンたちを薙ぎ払う。
建物の遥か上に何か光るものをシンディが発見した。
「ケンジ!! 右上に狙撃手が居るわよ!!」
「おうよ!!」
ケンジがシールドを構えつつ右側に躍り出てシンディとミカ、キャシーを庇う。
同時に弾丸がケンジのシールドに中り弾き飛んだ。
「コウ!!」
「任せろ!!」
コウが瞬時に武器をライフルに持ち替えお返しとばかりに敵の狙撃手を狙い撃った。
もちろん殺さない様に右肩を狙って。
「うわあっ!!」
悲鳴を上げ建物から落下する敵狙撃手。
しかし敵の襲撃はまだ終わらない、今度は後ろから格闘家風の男たち数人と猟犬が数匹迫って来る。
「旋風飛燕脚!!」
シンディが男たちの目に逆さまに両手から着地、両脚を開きそこから腕の反発により上空に舞い上がりながら回転蹴りを見舞う。
「ぐあっ!!」
格闘家風の男たちはまとめて蹴り飛ばされた。
「クマベェ!!」
「グモッ!!」
キャシーの召喚に応じクマベェが出現。
「キャン!! キャン!!」
クマベェの鋭い爪の生えた腕の攻撃に猟犬たちは次々と弾け飛んでいった。
そして空中で無数の細かいブロックに分解、消滅していく。
猟犬はゲーム内のシステム、NPCなので殺してしまっても問題はない。
その後も数人が襲い掛かって来たが難なく撃退したのだった。
「まさかこんなに早くこういった輩が現れるとはね」
未だ周りを警戒しつつコウが呟く。
「こうなってしまってはAR内のどこのエリアへ行っても安全な所は無いって事になるな」
ランスを構えたままアキマサも周囲に気を配っている。
「……ねぇ、じゃあ私の提案を聞いてもらえないかしら?」
ミカがおもむろに口を開く。
「ミカさん、何か良い案でも?」
「ここや他のエリアより比較的安全なエリアがあるのよ、そこへ行ってみない?」
「へぇ、それはどこなんです?」
「私がプレイしているゲーム【ナイトオブワルプルギス】のエリアよ」
「【ナイトオブワルプルギス】?」
何故ミカは【ナイトオブワルプルギス】のエリアが安全だと断言したのだろうか?
実はミカ以外このゲームをプレイした事が無い。
他のクランメンバーは思考力の高いコウですらその理由が分からないのであった。
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