エピソード10 魔女の森

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エピソード10 魔女の森

 ミカの先導のもとゲートを潜るとクランメンバーは薄暗い森の中に出た。    先には奥が見えない程長い林道が伸びている。 「ここが【ナイトオブワルプルギス】のエリアですか……?」 「そうよ」  勝手知ったる何とやら、ミカは特に気にすることなく薄暗い林道を進んでいく。  アキマサは背を屈めながらミカの後ろをついていった。  他のメンバーも後に続く。  数多の人面に見える幹の巨木が鬱蒼と茂り、元々の薄暗さもあって森の中は進めば進むほど不気味さは増していく。 「だらしないわねアキマサ、さっきまでの勇ましさはどこへ行ったの?」 「うっ、うるさいな……そもそも俺はこういった不気味な雰囲気は苦手なんだよ!!」  シンディに冷やかされ半ばキレ気味のアキマサ。 「さあ着いたわよ、ここがナイトオブワルプルギスの入り口ね」  そこは先ほどの不気味な林道とは違い、ぼんやりとした灯りのある広場に出た。  その中心には先ほど見た人面樹を更に大きくした巨木がそそり立っている。 『お帰りなさいませウィッチミカ……』 「ただいまヒョードル」  ミカが近付くとヒョードルと呼ばれた人面樹は目を見開き、しゃがれた声で語り始めた。 「木がシャベッターーー!!」  アキマサは驚きシンディの背後に隠れた。 「………」  ゲンナリとした表情のシンディ。 「この巨木は森の番人ヒョードル、このエリアの管理者兼受付係みたいなものね」 「そうでしたか、ところでミカさん、このナイトオブワルプルギス、僕の知識が正しければ女性限定のコンテンツだと記憶しているのですが?」  コウがミカへ疑問を投げかける。 「そうね、女性限定の魔女になって秘薬を調合したり、魔法の箒に跨って空の旅を楽しんだり、魔女仲間を募ってお茶会を開いたり……魔女の実生活を体験するアトラクションね」 「へぇ、面白そうですねそれ」 「ああ、スローライフ系って奴か……たまにはそういうのも悪くない」  アキマサとケンジは興味が湧いた様だ。 「以前からこのエリアを利用しているミカさんは当然としてシンディとキャシーは新規登録でエリアに入れるでしょうが僕やアキマサ、ケンジには登録すら出来ないのでは?」 「ああっ、そうか!!」 「気づかなかったぜ……」  アキマサとケンジは神妙な表情になった。  アナザーリアリティでは初めての利用、ダイブ時に初期登録時に実年齢と性別の登録を求められる。  この時、偽った情報を入力した場合に登録は強制終了、二度とアクセスすることが出来ない仕様になっていた。  真偽のほどは定かではないがこれはアナザーリアリティ内での性犯罪の防止の為と言われている。  ただ年齢に関してはアナザーリアリティ内での公表は任意とされており、これはもともとアナザーリアリティのサービスを利用できるのは成人のみだという事とアバターの見た目を自由に設定できるからに他ならない。  キャシーの様に幼女の姿にもなれるのだから実年齢を晒したくないという人間への配慮でもある。 「大丈夫、私に任せておいて」  男性陣にウインクをし、ミカは人面樹ヒョードルに話しかける。 「ヒョードル、魔女見習いを登録するわ、五人ね」 『かしこまりましたウィッチミカ』  ヒョードルは半開きだった目を見開きミカ以外の五人を見つめた。 『ウィッチシィンディ、ウィッチキャシーを魔女見習いとして登録……ようこそナイトオブワルプルギスへ』  生粋の女性である二人は当然何事も無く登録をパスしていく。  だが問題はここからだ。 『………』  ヒョードルは男性陣三人を見つめたまま無言で固まっている。 (やっぱり無理なんじゃね?) (まあそうだろうな……) (ミカさんは何を考えているんだろう? ARの性別判定はとりわけ厳しいというのに……)  アキマサ、ケンジ、コウはそれぞれ頭の中で思考を巡らせていた。  三人は当然自分たちは弾かれるであろうと思っていたその時だった。 『ウィッチアキ、ウィッチケーン、ウィッチコウを魔女見習いとして登録……ようこそナイトオブワルプルギスへ』 「はっ?」  三人は何が起こったのか分からなかった。  直後ヒョードルは目を瞑り再び眠りに就いた。 「まさか、承認されたのか? 女性専用コンテンツに男の僕らが?」 「だから言ったでしょうコウ君、いえウィッチコウ……それじゃあ行きましょうか、こっちよみんな」 「はい……」  腑に落ちないといった複雑な表情でミカの後に続くコウ。 「このゲートを抜けると魔女の森よ、付いて来て」  一行の眼前に玉虫色に光り輝く円形の空間の歪みが存在していた。  これがこのロビーとナイトオブワルプルギスのゲーム空間を隔てるゲートなのだろう。  ミカは先ほどと同じく何の躊躇いもなく空間の歪みに歩み入り消えていった。 「あっ、待ってくださいよミカさん!!」 「俺も行くぜ!!」  続いてアキマサとケンジもそれに飛び込んでいく。 「わーい!! 何だか楽しそう!!」 「行きましょうキャシー」 「うん!!」  シンディとキャシーは手を繋ぎ二人仲良く歪みに入っていく。 「……本当に大丈夫なんだろうか?」  コウはしばらく考え込んだ後、意を決してゲートに飛び込むのだった。    身体が捻じ曲げられたかのような奇妙な感覚を憶えながら異空間を通り抜け、コウは森の中へと放り出された。 「ううっ……何だったんだ今のは、まだ眩暈が……」  身体がよろけ、傍にある木に手を突く。  その手を見つめると紫の袖の広い服を着ている自分に気付く。 「これは……そうか、魔女になったからローブを着ているのか」  視界が暗かったので頭も触るとつばの広い帽子を冠っている事も分かった。  魔女と言えばローブ以外にもとんがり帽子がコスチュームとして定番である。 「まさか男なのに魔女のコスプレをする事になるとはね」  この時まだコウは自分の身体に起こった異変に気付いていなかった。 「取り合えずみんなと合流しないとな」  初めての森だ、どこへ行っていいのか分からないが取り合えず歩みを進める事にした。  僅かに進んだその時だった。 「うぉーーー!! 何だこれ!? 俺の胸が!!」 「無い!! 俺のムスコが!! 生まれてからずっと一緒だった俺のムスコが!!」  森の奥から人の先声が聞こえてくる。 (うん? 女の声? しかも二人……シンディとキャシーか? それにしては言葉遣いが変だな……)  コウは気になって声の下方向へと走り出した。  踝まであるロングスカートが足に纏わりつき走りずらかったので裾を両手で摘まみ上げて走る。  程なくして二人の魔女がいる場所に出くわした。 「えっ、まさか君らはアキマサとケンジか?」  目の前に立っていた魔女にはアキマサとケンジの面影があった。  二人が生まれついての女性だったらこんな感じなのではと思う説得力が彼女らにはあった。 「お前、コウ……なのか?」 「そうだよコウだ」  コウは改めて自分の声が高いのに気付いた。 「もう気付いているか? 身体の異変に……俺たち女になっているぞ!!」 「何だって?」  アキマサ否ウイッチアキに言われてコウは慌てて自分の身体を(まさぐ)ってみた。 「本当だ……この胸の膨らみ、本物だ……」  自らの胸にある二つの膨らみを手で掴む。  握られ引っ張られるような感触が自分の胸にあった。 「まさか女性限定コンテンツであるナイトオブワルプルギスに登録できたのって……」  あり得ないと思ったが、コウにはそれしか考えられない答えが頭を過ぎった。 「僕らの性別登録が書き替えられたのか……?」 「おいおい、まさかそんな事が……」 「………」  三人は驚愕の表情で顔を見合わせる。 「そう、その通りよ、流石ねコウ君」  樹の陰からミカが現れた。  彼女も魔女のローブと帽子を装着しておりその妖艶な容姿はまさに魔女に相応しいものだった。 「ミ、ミカさん!? これは一体!?」 「落ち着いてコウ君、君たち男性をこの森に入れるにはこの方法しかなかったのよ」 「まさか違法にデータ改ざんをしたのですか!?」  コウがミカの両肩に掴み掛った。  普段冷静なコウの豹変ぶりに見ていたアキマサとケンジは驚き目を丸くする。 「身もふたもない言い方をしてしまえばそうね、でも取り合えず安全圏に避難するにはこれしかなかったのよ、分かって頂戴」  コウは瞬時に考えた、アナザーリアリティのデータ管理は完ぺきだった今までは。  以前にもハッキングを試みたハッカーが何人も失敗し、アクセス元を手繰られ特定され逮捕されているほどセキュリティの面では堅牢だったのだ。  しかし明らかに何者かのハッキングを受け現在のアナザーリアリティは異常な状態にある。  そしてミカもその堅牢なセキュリティを破りアバターのデータ改ざんをやってのけたのだ。  コウがミカに対して疑念を持つには十分な証拠であった。 「そうでしたか、そう言えば答えを聞いていなかったですけど何故ミカさんはナイトオブワルプルギス(ここ)が安全だと?」  コウはミカの肩から手を放した。 「あなたも知っての通りナイトオブワルプルギス(ここ)は女性限定のコンテンツよ、しかもゲームには戦闘するクエストはあるにはあるけど基本的に魔女の日常を過ごすだけのスローライフゲームだからね、無為に人命を奪うようなことは怒り辛いと考えたのよ」 「成程、しかも男が新規に登録して中に入り込む事は無い」 「そう、わざわざ性別データを改竄して中に入ろうといはしないと思ったの」 「でもミカさん、あなたはそれをやってしまった」 「大丈夫よ、データ改ざんはそんなに簡単には出来ないもの」 「………」  コウは疑惑の追及を今はしない事にした。  ミカの言う通りデータ改ざんはそんなに簡単なものではない、同じ方法でナイトオブワルプルギスに入り込んでくる者はそうそういないのは確かだ。 「分かりました、これからの事を考えたら安全な拠点は必要です、暫くはここでこれからの対策を練り、準備を整えましょう」 「分かってくれて嬉しいわ」  今は緊急異常事態だ、下手に問題を大きくしたくない。  ここはミカの思惑に乗っておくことにした。  真偽を追求するなら全てが片付いてから、そう思ったのだ。 「あーーーっ!! みんなここに居たの!? 探したわよ!!」 「シンディ」  そこへひょっこりシンディとキャシーが現れた。 「あれ? 何かあったの?」 「いいや何もないよ」  シンディは鋭かった、場の雰囲気が殺伐としていたのを感じ取ったのだろう。  しかしコウはそれを否定し隠すことにした。  シンディ達に見えない様にコウは口に人差し指を立てアキマサとケンジに口止めを頼むのだった。 「みんな合流できたことだしこんな所で立ち話も何でしょう? 私の工房に案内するわよ」  多少バツの悪そうな表情をしたがミカはいつも通り優しい笑みを浮かべて三人に対するのだった。
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