4 今日は朝から嘘をつきっぱなしだ

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 98番目の人がステージに上がって、なっちと握手を交わし、さあ次は自分の番だと緊張のヴォルテージとアドレナリンの分泌が競技直前のオリンピック選手並みに上がると、野田さんが凶兆を告げる人面鳥のごとくやってきてさっきの困惑顔を僕にむけた。 「ええと、すみません。さきほど整理券の交換をオーケーさせて頂いたのですが、やはりですね、記念品のスポンサーであるエンタープロダクション様より、サイン入り写真集は女性の方に受け取って頂きたいと申し入れがありまして……女性のファンが増えていることをアピールしたいのだそうです。誠に申し訳ありませんが、やはり当初のままの順番で記念品を受け取って頂きたいのですが……」 「私、別にファンじゃありませんけど」  ポニーテールの女性が憮然とした表情で言った。 「ええと、そこのところをできればほんのわずかな間だけ抑えていただいて、受け取っていただくことはできないでしょうか?」  野田さんは困り果てている。 「わかりました。では、そのとおりにします。整理番号のとおり、彼女が99番で、僕が100番。でも、後で互いの記念品を交換するのは別に自由ですよね?」  僕の言葉を聞いて野田さんがほっと安堵の表情になる。 「そのようにして頂けると助かります」 「それで、いいですよね?」  と、ポニーテールの女性を見ると、彼女も頷く。こんなことでむきになって何だか恥ずかしいというようなはにかみをその黒い瞳に浮かべて。  ステージの方を見ると、なっちが僕達の様子を少し心配そうな表情で見守っていた。  心配いらないよ、となっちにむかってオトナの余裕に満ちた微笑みを浮かべようとしたけれど、なっちと目が合った途端に顔の筋肉がこわばって微笑とはかけ離れた引きつった奇妙な表情を浮かべるのが精々だった。  そんな僕の前をポニーテールをさらりと揺らしながら女性が通り過ぎ、なっちの前に立った。  女性は定規でも入っているんじゃないかというくらい背筋がぴっとまっすぐ伸びていた。    丁寧に握手を交わし、記念品であるCutyCoolの写真集を受け取ると、彼女はカメラマンの指示するとおりになっちと並んで立った。二人はほとんど同じ背丈だった。  カメラのフラッシュがいっせいに浴びせられた。  満面の笑みを浮かべるなっちに対して、女性は眩しそうに目を細めて居心地の悪そうな表情をしていた。  それでも彼女はどこか神秘的な雰囲気をもった涼しげな顔立ちの美人だったから、変に媚びた表情をしないことがむしろ様になっていた。  なんだかこうして見ると、雰囲気も顔立ちもまったく違うものの、姉妹のようだった。クールな姉と癒し系の妹といった感じ。この二人を主役にして映画やドラマを作ったらちょっと面白いかもしれない。  ポニーテールの女性はステージを降りると、僕にむかって「あとで」というように目で合図を送り、展示室にあふれる来館者の中へと消えていった。  そして、とうとう僕の番がやってきた。
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