1 また、つまらぬモノを斬ってしまった……。

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 画面の中では、最近話題になっている三人組アイドルユニットCutyCool(キューティクル)の一人が着物を着て笑顔を振りまいている。  カメラのフラッシュがいっせいにたかれ、その背後には『映画「維新龍馬伝」制作発表記者会見』という看板が下がっていた。さらにその女子の下に「お(りょう)役・河本夏海(なっち)」とテロップが出た瞬間、怒りと衝撃で胸が締め付けられるように苦しくなった。  このチャラチャラした女のどこが「お龍」だよ、と思わず声が出そうになったけど、なんとかこらえた。ミスキャストも甚だしい。 「お龍」といえばあの幕末の英雄、坂本龍馬様が惚れて妻にするほどの美女なんだから、口パクの歌に下手なダンスしかやっていないアンタなんかに務まるわけないだろが! 怒りで体の震えが止まらぬわい!  若さ弾ける「なっち」が画面から消え、「大江戸東京博物館」の外観の映像に切り替わった。すると、室内にカメラが移り、ガラスケースを見ながらレポーターが語りだす。 「映画の上映に先駆けて、博物館では明日から来月末まで『坂本龍馬と幕末』という企画展を開催する予定とのことです。ご覧のように展示スペースには龍馬ゆかりの品が多数展示されております……」  そこで、画面は龍馬様の直筆の手紙や愛刀、陸奥守吉行(むつのかみよしゆき)などを映し出した。そして次の瞬間、私は思わず我を忘れてテレビ画面に見入ってしまった。  幕末から明治にかけて活動した写真師、上野彦馬(うえのひこま)が撮影したとされる有名な龍馬様の写真がガラスケースの中に展示されていたから。 「今回は貴重な龍馬の写真も公開されるということです……」  ぬあにいいっ、あの写真が見れるの? これは夢? 夢じゃないよね! ああ……龍馬様、私はあなたに……逢いにいくぜよ!  喜びのあまり思わず、きゃーっと叫んでしまいそうになって両手で必死に口をふさいだ。 「もう三時か。朱音さん、なんかスイーツ買ってきてくれません? 苺大福とかいいな」  小林君がいつものように伸びをしながら壁の時計を見て爽やかに言う。昨日はシュークリームだった。立て替えた代金はまだもらっていない。お金を払うという常識的概念はカスタードクリームとともに彼の胃の中で跡形もなく消化されてしまっているに違いない。  少しも悪びれることなくパシリをさせる小林君の白くてきれいな首筋に刃を突き立てた。スイーツはお主の頭で十分であろう。残心。  脳内で男達を一人残らず斬って捨て、刀を鞘に納めると『用心棒』の三船敏郎ばりのふてぶてしい顔に懐手で「あばよ」と心の中でつぶやいてオフィスを出ていく私。  ズンチャッチャ、ズンチャッチャというあのお決まりの勇ましいBGMに歩幅を合わせて。もちろん、足元には土埃がたち、袴とマゲは空っ風になびいている。  階下の倉庫へと通じる階段をヒールを鳴らして降りながら我に返って大きなため息をひとつついた。  嗚呼、私はなんでこんなつまらない男しかいない時代に生まれてきちゃったんだろう? 生まれてくる時代を完全に間違えた。  階段の途中で止まると、スマートフォンを取り出し、壁紙に設定している龍馬様の写真を眺める。  腰に脇差を帯び、懐手で台に肘をつき、足にはブーツを履いて遠くを見ているあの写真だ。 「龍馬様、私はあなたと同じ時代に生まれたかった。そして、できれば、あなたの奥さんになりたかったよ」  画面に映し出された龍馬様はどこか微笑んだように見えた。
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