2 たとえ明日、世界が終わろうとも

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2 たとえ明日、世界が終わろうとも

 さて、誰を殺すべきか?  親戚はとっくに皆殺しにしてしまった。野良猫としてある日ふらりと部屋に入ってきて居ついてしまったので仕方なく飼うことにしたという設定の三毛猫も去年の冬に病死させてしまった。  なぜか僕の誕生日にそこそこ高級なキャットフードの缶詰をくれる同僚の女子社員がいて、さすがに飼ってもいない動物の餌を何食わぬ顔で受け取り続けるのが辛くなったのだ。  だからといって母親を殺すわけにはいかない。  やはり自分が妥当だろうな。病気にかかるか……っていっても、風邪には先月かかったばかりだし。  腹痛はどうだろう?   うーん……お腹が痛いから休みますって、子供かっ!って、会社の皆に呆れられそうだし。それにいかにも仮病っぽいよなあ……。  仕方ない。また母親の急病でいくか。いいかげん怪しまれるかもしれないが、まあ、親の病気系は社長をはじめとする年配者の同情を買いやすい。あまり多用はしたくないが、止むを得ない。  僕の母親は会社では心臓が悪いことになっている。本当は流氷の浮かぶオホーツク海を泳いで渡ることができるくらいの鋼鉄製の心臓をもつ肝っ玉母さんなわけだが。  パソコンの画面に映し出されているCutyCoolのホームページを眺めながら思わず頭を抱えてしまう。なぜ、平日の、しかも昼間なのかと。  でも、着物姿の「なっち」の可愛さに思わず笑顔になってしまう。  だよな……あの「なっち」だもんな。土日なんかにイベントを開催したら、それこそ大挙して男どもが押し寄せて会場がパニックになってしまうわけですね。わかります。  ホームページのインフォメーションのページには、なっちが『維新龍馬伝』という映画に「お龍」という坂本龍馬の妻役で出演が決まったことが記され、さらにその映画に合わせた企画展が「大江戸東京博物館」で明日から開催されるという。  あのなっちがイケメン俳優の演じる坂本龍馬の妻役ってところに僕はひどくショックを受けたわけだが、その痛恨の一撃も告知情報の最後の数行を読んでたちまち全快してしまった。  そこにはなんと、企画展の初日になっちがゲストとして呼ばれ、来館者限定100名に握手をしてくれるという神の思し召しの如き一文が記されていたのだ!  これはなんとしても行くしかない。たとえ明日、世界が終わろうとも。  なっち、僕は君に逢いに行くよ。そして、手と手を握り合おう!  会社で仕事などしている場合ではない。  CutyCoolの武道館でのライブを収録したブルーレイ・ディスクを再生しながら、僕は感慨深い気持ちになる。  武道館は満員で、およそ一万四千人の観客たちの誰もがステージの上で歌い踊るCutyCoolの三人へむけて熱狂的な声援を送っている。  三人のメンバー、西村明日香(通称、あっちゃん)、滝沢優香(通称、ゆっか)、河本夏海(なっち)も、最高の笑顔でパフォーマンスを行い、声援に応えている。  鮮やかなレーザー光線やライトが舞台を照らし、まさに夢のような空間がそこに現出している。  このライブの日、自分もこの空間にいたのだと思うと感動がよみがえってきた。  僕はテレビの前から立ち上がると、三人のダンスに合わせて踊りだす。  三人のダンスは恐ろしいくらい息がぴったりと合っている。それはまだ売れないときから三人でずっと夢を信じて踊り続けてきた強い絆の表れだった。
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