4 今日は朝から嘘をつきっぱなしだ

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「ええと、すみません。整理番号99番と100番の方ですよね?」  プラカードを持った男性とは別の女性の係員がやってきて、僕と僕の前に並んでいるポニーテールの女性に声をかけてきた。 僕と彼女はどちらも「そうです」と言って頷いた。 ポニーテールの女性の横顔を光が縁取っている。瞳に宿る光は少し気が強そうだったけど、きれいな子だった。  たいていの後ろ姿が素敵な女性は振り返ると自分の想像していた顔と違ってがっかりするものだけれど、彼女の場合は僕の想像をいい意味で裏切っていた。  濃紺のスーツに「野田」という名札をつけた女性の係員が僕達を交互に見ると、ぱっと明るい笑顔になって言った。 「おめでとうございます。本日、99番目と100番目に入場されるお客様には記念品の贈呈がございます」 「記念品?」  僕と女性はほとんど同時に訊きかえしていた。  野田さんは頷くと続ける。 「99番目にご入場されるお客様には、9(キュー)ティー・9(クー)ル賞といたしまして、本展覧会の後援者であります大手芸能事務所エンタープロダクション様より、今大人気のアイドルユニット、CutyCoolの直筆サイン入り写真集が贈呈されます」  なんだとおおおっ!と思わず声に出して叫んでしまいそうになったが、寸ででこらえた。 今日は良き日だ。人生最良と言っても過言ではない。生きていて良かった。会社をズル休みして良かった。  藤沢さん、社長、仕事さぼって自分だけまぶしい春の光の中で幸せ感じちゃってすいません。明日からはできるだけ真面目に働きます。たぶん。 「それから」  と言いながら野田さんが天にむかって感謝を捧げている僕へと微笑んだ。 「本日、100番目に入場されるお客様には、高知県立坂本龍馬記念館より、幕末の英雄であり本展覧会の主役でもあります坂本龍馬のリアル・フィギュアが贈呈されます。おめでとうございます」 「えっ?」  一瞬、ぽかんとしてしまい、何を言われているのか理解ができなかった。  僕の隣に立っていたポニーテールの女性が一際高く鋭い声でなぜか「ウソっ!」と叫んだので、僕は我に返った。  手の中の整理券を改めて見ると、そこには100という数字が太いゴシック体で記されている。  ついさっきまでのラッキーナンバーが瞬時にして皮肉なアンラッキーへと変わってしまったということなのか。僕は思わず野田さんに訊ねていた。 「ええと、すみません。キューティクル賞っていうのは99番目の人だけなんですか?」  野田さんは営業用のスマイルを浮かべながら頷く。 「はい。99番目ということで語呂合わせですので」  全身の力が抜けていく。  何が楽しくて坂本龍馬のフィギュアなんか部屋に飾らなくてはならないんだ。  たった一番違いで、寸でのところでお宝を逃すというこの皮肉。これが俺の人生ってやつなのかな。まったくツイてない。
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