1

6/9

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
 耳から入り込んだプレスカブのエンジン音が頭の中にぎゅうぎゅうに詰め込まれて変な感情が外に追い出されていく。顔を上げた。最近気が付いた。カブのエンジン音を聞くと落ち着く。余計なことを考えずに済む。今でも後悔している。八木山橋へ飛び降りに行くのにプレスカブを使ったことを。あんな所に置きっぱなしにしてしまって可哀想だった。でもこれは俺の一方的な感情。プレスカブに感情はない。俺がどんなに好きになってもプレスカブは俺を好きにならない。それでいい。プレスカブは俺じゃない誰かが鍵を捻ってもキックペダルを踏んでもハンドルを握っても走る。  二郎君のことが好き。めちゃくちゃ好き。目立つのが得意ではない彼には申し訳ないが、二郎君の魅力が民衆に認知されるのが嬉しくて仕方がない。俺は熱烈に二郎君を推していた。彼の一番のファン、だった。今は違う。二郎君も俺を好きだから。二郎君の心の中に俺がいるから。二郎君はプレスカブとは違う。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加