線香花火が落ちるまで

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線香花火が落ちるまで

夏は空から降ってくるものだと思ってた 空に打ち上がり、花を開いて 私たちの地上に降ってくる そして、夏が始まる 小さい頃から打上花火が大好きだった私は お祭りに行くと、わたがしや焼きそばや金魚すくいよりも先に、花火が1番綺麗に見える場所取りに走っていた そんな私は 手持ち花火なんて、滑稽なものだと 何が楽しいんだと、思っていた 線香花火なんて、以ての外 迫力もない、カラフルでもない ただ、目の前でパチパチと弾ける玉を なぜ数十秒間も見続けなければいけないのか 私は不思議でしょうがなかった 「夏は目の前で落ちていくんだよ」 彼が、私に教えてくれた 彼は、線香花火こそ、夏の始まりだと 夏の一大イベントだと、言い続けていた 私には、理解が出来なかった 「よし、勝負だ!」 彼はよく、私に勝負を挑んできた 線香花火を、どっちが長く落とさずに保てるか 別に攻略法なんてなくて ただ、どっちの線香花火の質が良いかの勝負 ただの、運任せ それでも、何回やっても 彼が先に落ちるのは ちゃんと、理由があったみたい ――― 「なんで、線香花火に"儚い"っていう印象が付いてるか、知ってる?」 ベッドの上で、彼は私に尋ねる 私はゆっくりと、首を横に振る 「"落ちる"からなんだよ」 彼は線香花火を持つ真似をして、嬉しそうに語り出す 「自分の目の前で、小さく、美しく蕾が開いたと思ったら、ものの数十秒で花びらを閉じ、落ちる。 その儚さが、夏なんだよな。 もちろん、打上花火のような派手さも夏の風物詩かもしれないけど、俺にはやっぱり、線香花火が性に合うんだよ」 私は彼の座っているベッドの横で 彼の手を、優しく握る 「人の命みたいなものなのかもな。咲いてる時は美しくても、いつかは落ちて、消えてしまう。 その儚さこそ、人生である、なんてな」 ははっと笑った彼は どこか物憂げな表情で その顔に私は 胸が、締め付けられた 最後に花火がしたいと言った彼を 私は外に連れ出した 手持ち花火を一回り堪能した後 最後の最後に、線香花火を点ける 「よし、最後の勝負だ!」 そう言って私と彼の持つ線香花火が 小さく、花を開いた ―――もし この勝負で私が負ければ 彼はもう少し、長く生きられるのだろうか もう少し、彼と一緒に、"咲き続けられる"のだろうか ―――神様 どうか、今回だけは 私の負けにしてくれませんか どうか彼を 先に、"落とさないでください" ――そんな願いは叶うことはなく 今回もまた、彼の蕾が、先に落ちる 「最後まで、勝てなかったなあ」 それでもどこか嬉しそうな彼は まだ蕾が開いている私の線香花火を 優しく、見守っていた ―――里美! ふと、誰かに声をかけられ、我に返る 振り返ると、大切な友人たちが、私に手を振っていた 「線香花火、やるよ!」 私は大きく頷いて 彼女達の輪の中に走っていった 「じゃあ、誰が最後まで残るか、勝負だよ!」 そう言って、みんなの線香花火が一斉に光り出す 不思議と、線香花火が始まると なぜか人は、静かになる その蕾の行方を じっと、見つめている 私は隣に、彼の幻影を見つける 彼は一緒に線香花火を持ちながら 私に話しかけてきた 「落ちた蕾は、忘れればいい。 また新しい蕾を見つけて、その花を開かせればいい。 そこにきっと、君の幸せは待っているはずだから」 彼が私に最後に言った言葉だ ―――分かってる もうあれから3年も経って 未だに、私は彼のことを忘れられなかった 「里美?」 隣にいる遥香に話しかけられる 「大丈夫?」 「うん、大丈夫」 そう答えた私は、線香花火に目を向ける パチパチと音を立て 美しく、儚く 線香花火は、花を開く 「綺麗だね」 そう呟いた私に、遥香は、優しく微笑んでくれた 段々と、弱くなっていく 周りでは、既に何人かの蕾が落ちていた ――この線香花火が落ちたら 私は、また前を向いて歩けるのだろうか 新しい人を見つけて、その人を心から愛することが出来るだろうか そんなことは、分からないけど 私は、まだ咲き続ける線香花火に そっと、お願いをする ―――どうか この線香花火が落ちるまでは 彼を好きな私で いさせてください―――
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