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弘樹からアプローチを受けて、付き合い始めたのは2か月ほど前。
「不安なら、お試しでもいいから、付き合ってみてよ」
里佳子の結婚式の二次会のあと、三次会の席で、弘樹に猛プッシュされて、結局、彩佳は弘樹と付き合うことにした。早速、
「ちょうど、肉フェスをやってるのを見つけてさ、一緒に行こうよ」
と誘われ、次の週末に会う約束をして、フェスの開催最寄り駅で待ち合わせをした。港町にある駅は、近くに展望台や小さな遊園地など、観光スポットがたくさんあり、天気が良いこともあって人も多かった。
10分前くらいにつく電車に乗って約束した改札口に向かうと、弘樹が待っていた。自分も、今着いたところだという。
「じゃあ、行こうか」
弘樹が彩佳をエスコートする。明るいうちのデートは、彩佳にとっては久しぶりだった。
パンフレットを手にしながら、どれを食べようか相談しながら、会場を一周してみる。あらかたの目星をつけたところで、弘樹が会場に設置された休憩スペースに彩佳を連れていく。
「ここ、有料だって・・・」
案内板を見て、彩佳が告げる。
「うん、大丈夫。予約しておいたんだ」
そういって、案内係に予約していた旨を告げ、空いているスペースに案内してもらう。
「ここで座って、待ってて。買ってくるから」
「私も行くよ、結構並びそうだし」
「いいよ、行ってくるから」
「せっかくなら、手分けして買ってきて、早く一緒に食べようよ」
彩佳が提案すると、一瞬考えた顔をした弘樹も笑顔になって、
「そうだね、そうしようか」
と彩佳の手をとって、再び外へ出た。弘樹の手は少し汗をかいて温かかった。
「じゃあ、これとこれは、俺がかってくるから、彩佳ちゃんは、これと・・・これを買ってきてくれる?」
と、パンフレットを指さしながら話す。休憩スペースから遠いところに行ってくれるらしい。そこは、素直に甘えることにした。
「うん、わかった。」
いったん別行動にして、それぞれ目的のものを買いに向かう。彩佳は買い物を終えて、休憩スペースに戻ったが、弘樹はまだ戻っていなかった。荷物をテーブルの上に置いて、飲み物の販売スペースに向かう。
彩佳が、ビールの入った大きめの紙コップをもって戻ると、ちょうど弘樹が戻ったところだった。
「あ、もしかして・・・」
「うん、お肉だったら、ちょっと飲みたいかなって・・・」
「いいね」
それぞれが買ってきたものをテーブルに広げ、シェアして食べ始める。
「おいしいね。」
「ね、柔らかいし、タレが好み・・・何が入ってるんだろう。醤油ベースに、結構ニンニクもきいてる・・・」
「彩佳ちゃんは、自炊派?」
肉串にかぶりつきつつ、弘樹が尋ねる。
「うーん、そうだね。食いしん坊だから、自分の食べたいもの作りたいかな」
彩佳も答える。
「俺も、食べるの好き」
弘樹は笑う。
「作るほうは、チャーハンくらいしか作れないけど、自信あるよ。」
と胸を張る。
「彩佳ちゃんは、何が得意?」
と尋ねられ、彩佳は考えこむ。
「んー・・・何だろう・・・。あんまりレパートリーは多くないんだけど・・・、よく作るのは、カレー?」
笑いながら答える。
「カレー、いいね」
「すぐ食べたくなっちゃうんだよね、カレー。あ、スパイス配合したりとか、そんな凝ったものじゃないよ。材料切って炒めて市販のルーで煮込むだけ・・・」
「なんか、こだわりとかあるの?」
「あー・・・、いろいろ入れちゃう。家にちょっと残ってた焼肉のタレとか、ケチャップとか・・・チョコレートのかけらとか」
「チョコレート!?」
「うん。味に深みがでるような気がして」
「へえ~。・・・食べてみたい」
弘樹がさらっとアピールした。彩佳も気づいていたが、どうしようか迷ってスルーする。
一通り食べ終え、弘樹が彩佳に展望タワーへ行こうと誘う。何度か遊びに来ている街だったが、展望タワーに登るのは初めてだった。
「綺麗・・・」
展望フロアからは、港街の風景が一望できた。遊園地の観覧車、ジェットコースター。海の上には、遊覧船が浮かんでいるのが見える。
「いいねー」
弘樹も隣で景色を眺めている。陰り始めたとはいえまだまぶしい日の光を手の平で遮るようにして、そとを眺める。
「夜はまた、違う景色で綺麗だろうね」
弘樹が彩佳に話しかける。
「夜景・・・、も、綺麗だろうね」
彩佳は、少しぎくりとして相槌をうつ。
弘樹は、周りを少し見渡して、近くに人がいないことを確認して、彩佳に一歩近づき、手を取る。
「彩佳ちゃん・・・」
彩佳は弘樹のほうを見上げる。
「この前、お試しでも、っていったけど、俺自身はお試しのつもりはなくて・・・なんというか。彩佳ちゃんはお試し期間のつもりでいてくれていいんだけど、俺は、彼女として接していくから・・・」
少し声のトーンを抑えて、弘樹が語り掛ける。弘樹の手に力が入っている。
「う、ん・・・。わかった。」
彩佳はそう返事をした。
タワーを降りてコーヒーを飲んだあと、帰りの電車に乗る。帰宅の時間で電車はそれなりに混んでいたが、運よく二人で座ることができたのはラッキーだった。
「また、来週、会ってくれる?」
弘樹に言われ、彩佳はうなづく。
「じゃあ、プランを考えておくね。また、連絡するよ」
そういって、乗り換えの駅で降りていった。駅のホームから手をふる弘樹に、彩佳も小さく手を振る。
弘樹は、彩佳を大切に扱ってくれている。今日も彩佳のために、予約したり、下調べしたりしていたのだろう。街中を歩くときにも人が少ない方へ誘導してくれたり、食事しているときにも、ウェットティッシュを出したり、お茶を準備していたりと、かいがいしく世話してくれた。
彩佳は、これまで付き合った男に執着されてしまったことがトラウマになっている。
弘樹は、大丈夫だろうか・・・と、考え、まだ1回デートしただけだし、とすぐに考えるのをやめた。
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