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0.敬愛する上司の死
吹雪が止んだ朝、その人が湖畔で息絶えていた。
雪を被って、相棒のカメラは三脚にセットされたまま。
その人がいつも連絡していた編集部へ、彼が亡くなったことを父が報せる。
今後の仕事などあったのか、彼の作品はどうなっていくのかと問い合わせたが、特に返答もなかったという。
命を賭けた作品? そうだったかもしれない。でも、それが世間のたくさんの目に触れることはなかった。
夜明けの雪開け写真だなんて、ありきたりだな。
父は彼の遺作を見たときに、そう言っていた。
芸術ってなんだろうな。やるせなさそうに小さく息を吐いて呟いた父の声色も脳裏に張り付いている。
ハコも夢破れ、いまここにいる。
心のどこかで諦めてはいないけれど、いまはそう……、こうしていくしかなくて父が営む湖畔のフレンチレストランで給仕をしている。
子供の頃からボーカリストになることが夢だった。東京の音楽専門学校を卒業後も、ボイストレーニングを受講しつつ、アルバイトとオーディションに駆け回っていた。だが、いつまでも親を頼れず、資金が尽き、三年前に地元北海道、七飯町の大沼に戻ってきた。
葉子はレストラン給仕の仕事を手伝うことで、実家に帰れることになった。
そこにいたのだ。『桐生 秀星』という四十歳になろうかという独身男が。その人は、父が雇っていた『ギャルソン』で、葉子に仕事を教えてくれる上司ということになった。
そんな彼は、葉子にとっては、なにもかも『恩師』であって『先生』でもあって、『お兄さん』でもあった。家族同然の日々を過ごしてきた。
なのに。突然訪れる『終の別れ』。
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