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だが仕事は一流で、父が『できればずっといてほしいんだよな。あんなレベルの給仕、こんな地方のフレンチでは来てくれない』と認めるほどの男だった。
確かに。背丈はそんなに高くはないが、視線が鋭くて涼やかに見える大人の男。
毎日パリッとした白いシャツを着て、皺ひとつない黒ジャケットにスラックス、夜になるとつける黒いボウタイをすると、格段と凜々しいサービスマンの品格を醸し出す。
この人が都会のフレンチレストランでメートル・ドテルを務めていたということが、素人の葉子から見ても理解できる佇まいだった。
まだ生き生きと張りのある黒髪だけど、ところどころ白髪も交じっている。もうすぐ四十路かなと感じる枯れぐあいが、なおさらに、二十三歳の葉子には怖い大人の男に見えた。
そんな桐生給仕長から、いちばん最初の仕事を言いつけられる。
「フレンチレストランのギャルソンが最初にやる仕事は食器拭きです。この『フレンチ十和田』で使われた食器にシルバー、グラス、すべて、十和田さんに拭いてもらいます」
そんなこと一日中するのかな。葉子は怖じ気づく。
父のレストランに、いったい何枚の皿やシルバーと呼ばれるカトラリー類があり、営業中にいったい何枚、何組使われて手元にやってくるのか今の葉子には想像もできない。
子供の頃から父親が料理人である姿を見てきたが、それでもどのような世界かまったくわかってもいないことを、葉子はここで初めて知ることになる。
第一日目から、葉子は厨房から洗い上がってくる食器拭きを厨房の片隅で、ひたすらやる。
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