1.葉っぱの子 ハコちゃん

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 割らないように、丁寧に。ナイフにフォーク、スプーンなどのカトラリーは、シルバーが曇らないように。これでも、やる気は見せているつもりだった。第一日目だから。  それが一週間続いて、葉子はいつまで皿拭きをするのかとヤキモキし始めていた。  父のレストランは小さく、ホールで接客をしているギャルソンは、桐生給仕長と今日シフトに入っているアルバイトの男性で、計二人だけ。手が足りないなら、葉子にも声がかかるのだろうかと思ったが、ホールに呼ばれることはなかった。  立ちっぱなしで、ただ手を動かしているだけ。お客が少ない日は、皿拭きも割とあっさり終わってしまうこともあり、やることもなく手持ち無沙汰になる。 「ここに立って、見ているように」  なにもすることがない葉子を知り、桐生給仕長が新たな指示を出す。  お客様が食事をするホールの片隅、でもお客様の視界から目立たない通路の入り口にいるようにとのことだった。  それだけしか言われなかったから、そこでじっとしていた。  アルバイトの男性一人と桐生給仕長が、お客様に料理をお届けする様子をぼんやりと眺めていた。  でも、どこかで魅入っていた。流れるように美しく、尚且つ、乱れのない動作。指先まで神経を尖らせているのが、遠くからひっそりと眺めている葉子にもわかる。  彼は涼やかな眼差しで近寄りがたい冷たさを放っているのに、お客様はにこやかに彼に話しかける。遠慮なく、なんでも笑顔で彼に話しかけている。それはどうしてなのか……。葉子にはまだわからなかった。  お客様の食事が終わり、再び、皿拭きへと戻る。  ディナーの後の片付けが、葉子の仕事の本番と言ってもいいほどだった。
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