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これなら開店からではなくて、ディナーが終わる頃から入ってもいいのではないかと思った。
そのほうが人件費だってかからないじゃないかとさえ。ただ葉子はお金が欲しいので、そこは黙って、勤務時間にいられるだけいるようにしている。
この夜もただ皿拭きをしていると、店を閉め終えた彼が葉子のそばに来た。
黒いジャケットを脱いで、ボウタイを外して、白いシャツ姿になると、袖をまくって葉子の隣に並んだ。何事かと思ったら、彼も一緒に皿を拭き始める。
「拭き方が遅いです。お父様のレストランは客席数が少なく回転もゆっくりめなので、これで済んでいますけれどね。都市部のレストランでしたら、毎日数百枚レベル、このスピードだと、第一日目から怒鳴り飛ばされ田舎に帰れと言われるレベルですよ」
あの冷たい視線が、葉子の斜め上から突き刺していた。
一生懸命、丁寧にやっているつもりだ。最低限、せめて割らないように。まだ扱いだって慣れていない。最初からそんな上手く出来るかと、葉子は密かにむくれていた。
そんな給仕長が、葉子の隣で黙って皿を片手に持ち、白いふきん『トーション』で拭き始める。
葉子が一枚拭く間に、彼が二枚、三枚と拭き終えていく。
自分もそれを乗り越えてきたと言わんばかりだった。だが葉子は、彼が皿を拭く手の動きを見て、気がついた。動作が少ない、撫でる回数は最小限、そして隅々まで綺麗に磨くルートを的確に決めて動かしている……。
彼が二枚、三枚、四枚と拭き終えたところで、葉子も真似てみた。
一枚、二枚……。まだ遅いかもしれない。
「良く出来ました」
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