1.葉っぱの子 ハコちゃん

5/12

452人が本棚に入れています
本棚に追加
/245ページ
 そんな声が聞こえて、桐生給仕長へと顔を上げると、いつも冷たく硬い表情ばかりだった彼が、にっこりと優しく微笑んでくれていたのだ。  葉子が自ら気がついて実践したことを褒めてくれたのだろうか?  だが彼はすぐにいつもの上司の横顔に戻り、葉子が拭き終えたカトラリーを手にして、皿拭きカウンターの空いている場所に並べた。 「フレンチレストランでは、ナイフ、フォーク、スプーンとは呼びません。カトラリーとも呼びますが、だいたいはシルバーと呼びます。ナイフは『クトー』、フォークは『フルシェット』、スプーンは『キュイエール』と呼びます。覚えておいてください。ただしお客様に対しては、お相手がわかりやすいように、ナイフ、フォーク、スプーンと案内してくださって結構です」  丁寧な口調で淡々と桐生給仕長は説明をしてくれる。  初めて、なにかを教えてくれたかも――と葉子は給仕長を見上げる。  彼が少し口元を曲げて、ちょっと照れているように見えたのは気のせい? 接客中よりずっと柔らかい目元を見せてくれている。今夜の彼は怖くはない。  また彼もトーションと皿を持って拭き始めた。  まだ葉子と一緒にこの仕事をするつもりらしい。 「なんでこんなことからと思っているでしょう」 「いえ……。どこのお仕事も見習いは下準備からだと思いますので」  心の中では『ああ、やっぱり下っ端はこんな仕事からなのね』と飽き飽きしていたが、その心を見抜かれないように葉子は努める。 「ちなみに。僕にとって音楽は聴くことしか接点がないのですが、ハコちゃんがいた音楽業界での見習いとは、どのようなことをするものなのですか」
/245ページ

最初のコメントを投稿しよう!

452人が本棚に入れています
本棚に追加