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「ここであったが百年目」
「……」
ガイダンスも履修登録も終わって、少しばかり大学に慣れてきた頃、昼少し前の大学のカフェ。
その顔を見た瞬間、オレは問答無用で踵を返した。
学内カフェでこの時間に昼飯を食おうと思ったのが、間違いだった。
三限目を受ける前に昼飯を食っちまおうと思って、どこの店にするか迷ったんだよな。
横着せずに最初から学外の店に行けばよかった。
「あ、待て、そんな顔をするな。少しは俺の話を聞け」
回れ右をして歩き出したオレを、その男は慌てて追いかけてきた。
西川展央。
高校からの同級生。
間違いなく、それだけの関係だったはずだ。
高三の文化祭で内部進学者の有志が上演する芝居の手伝いをするまでは、大して付き合いもなかった。
以降も入試やらなんやらで、そんなに交流があったわけじゃない。
なのに入学式からこっち、なんやかんやと付きまとわれている。
「オレはお前の敵じゃねーし」
ここであったが……なんて、敵討ちの口上じゃねえか。
「そういう切り返しができるお前を愛してる」
「オレの好みはお前とは似ても似つかないタイプだから」
「いや、遠慮せずに俺の愛を受け取るがいい」
「いらねーっつの。迷惑。すんげー迷惑、この上なく迷惑、迷惑以外何者でもないくらい迷惑」
因みに、オレは羽生志信っていう。
日本男子の平均的身長に、平均的体重、筋肉量。
ただし、その気になれば見た目で彼女作り放題、っていうくらいには整っている造作。
そこそこいい見た目に産んでをくれたこと、親には感謝してる。
が。
オレの嗜好は基本男なので現状宝の持ち腐れだ。
女子に好まれるこの外見は、同じ嗜好の男にはあまり好まれない。
「ちょ、まて、羽生! マジで待って、話聞いて!!」
西川がこの上なくマジな声で呼びかけるので、ついうっかり足を止めてしまった。
そこをがっしりと捕まえられて、苦虫を噛んだような気分になる。
ああ、オレとしたことが。
妙なところで人がいいのは、あまり褒められたことじゃないと思うんだよな。
「んだよ? こないだの話なら、断ったろ?」
この西川は芝居がしたいらしい。
大学に入ったら、サークルに入るか自分の劇団を立ち上げて芝居を作りたいのだ、と、くだんの文化祭準備の時に熱く語っていた。
そして無事に大学に入った今。
しつこい程にオレを追い掛け回して、一緒に芝居を作ろうという。
冗談じゃない。
オレは平凡な人生を歩みたい。
ただでさえ性的指向が特殊な自覚はあるのだ。
これ以上目立ってたまるか。
「あと一本」
「は?」
「あと一本でいい、俺と芝居作ってくれ。それから決めても遅くないだろ?」
ずいっと、カバンから出した脚本らしきものをオレの目の前に突きつけて、西川は言った。
「やらねーっつってんのに、しつこいなお前」
「お前は芝居に向いてる」
「勝手に決めんな」
「その見た目で、その声で、しかもその趣味だ」
は?
声?
趣味?
なんの趣味?
「声とか趣味ってなんなんだよ?」
オレ、こいつになんか趣味の話、したっけ?
それともどっかでオレのこと調べた?
別に、探られて困ることなんて……ああ、基本的に恋人にするなら男がいいってことは、そりゃあ言いふらされたりしたら面倒だなあとは思うけど、それだけだ。
だからなんってことはない。
「高校の時、お前、ホレイショー選んだじゃん」
「……ああ、あれな」
唐突にとんでった話に、一瞬ついていけなくなる。
高校の時っていうのは、あの文化祭の話だろう。
何を思ったのか演目は『ハムレット』で、演出が西川だった。
好きな役を選んでいいって言うから、一日もらって脚本を読んで、ホレイショーっていう脇役を選んだ。
そのことを言ってるんだろうけど、だからなんだ。
「俺は、お前のその感覚が気に入った」
「だから、なんで?」
「主役じゃない美味しい役どころの選び方が、よくわかってる。それに、あの長々しいセリフ、お前の声でなら聞き苦しくなかった。ハムレット役の長嶋より、ずっと聞きやすかった」
「はぁ?」
つまるところ、西川が言うにはその役の選び方と役に対するアプローチがお気に召したので、一緒に芝居を作りたいと。
そういうことらしいが。
「却下」
「なんで! お前、その才能埋もれさせるのってもったいないじゃん」
「オレにそんな才能があるとは思えない。お前が言ったのは全部、訓練で補える範囲のものだと思う」
「待て待て。今から決めつけるな。それとも何か? 他にしたいことでもあるのか」
「いや、そういうこともないけど」
「じゃあ、問題ないじゃん、試しに一本だけ俺と芝居作ってよ」
絶対損はさせないし、その間に口説き落としてみせるから。
ニンマリと笑って、西川はオレに脚本を持たせる。
「他の役者は揃えてある。ただ、まだ配役はしてない。羽生が好きな役、選んでいいぞ」
ふー…ん。
揃えてあるって、オレ、返事してねえし。
「お前、口説くとか言いながら、オレを試してんじゃん」
「お互い様でいいだろ? お前がかたくなに『向いてない』『やりたくない』って言うなら、ホントかどうか見極めるのも俺の権利だ」
「屁理屈」
「演出の性だ」
「それほど関わってもないくせに」
手の中にある脚本をパラパラとめくる。
いいだろう。
そこまで言うなら、この一本、試してみようじゃないか。
「役、明日でいいか」
「おう」
「今回手伝っても、そのあとはわかんねーぞ」
「その気にさせるのも、演出の腕だ」
「言ってろバーカ」
結果から言えば。
オレは西川にハメられたんだと思う。
線の細いキレイな外見の、アクの強い二枚目半。
それが、オレ――羽生ノブ――の役者としての最近の評価。
西川のおかげ、というべきか。
これがきっかけで、オレは自分でも知らなかったオレに会った。
新たなオレの誕生、ってやつだ。
<END>
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