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翌日。
碧は昼寝から目が覚めた。外でバイクを吹かす音が永続的に鳴っていた。土曜日のような休日になるとたまにこの音が鳴っていた。斜め後ろの家からだろうか。
慶也に頼まれた手前、気持ちを前のめりにして調べたいところだったが、碧井も行き止まりにいた。
突出したことはなく、誰でも分かりそうな事ばかりだった。
碧井は枕代わりにしていたクッションをどかして、台所近くの棚からタオルを取った。そのまま、浴室へ向かった。
十分程、シャワーで全身を流して、あがった。ドライヤーでショートカットを手で揺らしながら乾かした。妹の律はクラブチームの試合に行っていた。用意が整うと洗面所で顔を洗った。
そういえば、勉強教えてって言われていたな……。どうしよう。いつにしようか。誘ってくれるのかな、それとも。
ちょうどその時、碧井の携帯電話が鳴った。似た形のデバイスをつかんで、違うと、床に置いていた携帯を発見した。着信は慶也からだった。メッセージを開いた。
「今日、俺の家で、勉強おしえてくれない?健もいる」
まさかの誘いだった。碧井は慌ててタオルで髪を拭き取った。下着姿のまま返信した。
「うん、行く。何持ってけばいい?」
「とりま、英語教えて。ほかの教科も教えてもらうかも」
「分かった。三十分後くらいに行く」
「了解っす。せんきゅ」
とりあえず、急がなきゃ。碧井はクローゼットに向かった。
炎天下の中、自転車で慶也の家まで漕いだ。中学の頃、グループで遊びにきたことがあったため、道は覚えていた。当時、そわそわしていた自分がいた。
「お、早いな」
慶也が迎えてくれた。軽くあいさつをして中に入った。
家の玄関に立つと、他人の家特有の匂いがした。消臭剤のにおいと体臭が混ざったようなにおいだった。中学の頃とあまり変わらない感じがした。
玄関前の階段を歩きながら、慶也が俺の家知ってたっけ?と振った。碧井は昔、みんなでここに来たことあるよと返した。よく覚えていたなと褒められ、碧井は照れた。
部屋に入ると、健がすでに勉強に飽きた状態だった。寝転がって携帯を操作していた。部屋の中は程よい冷気が充満していた。
「早速だけど、ここ教えてほしい」
授業の復習を中心に補習についていけるようにだそうだ。元々、慶也は成績が悪い方ではないので、碧井はすんなり教えられた。ただ、苦手な英語は苦戦していた。
健に見られないように、気を付けながら碧井は少しづつ慶也に近づいた。最初は対面に座っていて、徐々に教えづらいからと理由をつけてそばまで来た。慶也はそれに反応することはなかったので、碧井は心の中でガッツポーズをした。
男子の部屋に入ったのは久々で、ましてや慶也の部屋なんて。いろいろ気になる物があったが、今は勉強に集中した。
「お姉ちゃんなんか分からないよ」
碧井は慶也の姉に教えてもらったらどうかと提案したが、却下された。
「二人揃って馬鹿だからさ」
「確かにな」
健が割って入った。慶也は「うるせぇ」と丸めたティッシュを投げた。
「てか、健も教えてもらえば」
「俺はいいわ。どうせわかんねえし」
「むかつくのが、こいつ、英語は得意なんだよ」
「あれ?そうだっけ」
「まぁな」
健は誇らしげな顔をこっちに向けた。模試の結果が返却されたとき、健の模試の結果を見て慶也が驚いていたことがあった。言われてみれば、英語の授業の時だけ寝ていなかった。
「んだよ。そんなのもわかんねえのか」
健は慶也が勉強しているところを覗き込んだ。何かを教えるのでもなく、また寝転がった。
「ったく。田辺、ここはさ……」
碧井は呼びかけられ、慶也にそっとまた近づいた。
一時間経って碧井は疲れて両手を後ろにつけた。慶也は後は自分の力でやると決めて辞書とにらめっこしながら問題を解いていた。
「これ、読むぜ」
健は慶也の了承を得て、漫画を読み始めた。週刊誌で連載してる注目の作品だった。映像化がされることで人気が上昇し続けていた。
「田辺も、なんか読もうぜ」
渡されたのは女の子が読むような作品だった。
「こんなん、読んでんの?」
「あー。姉ちゃんが読んでて俺も読んだらハマっちゃって」
恋愛漫画だが、普通の恋愛モノとは異なるクセのある作品だが、幅広い女性の支持を得ているのだという。碧井はネットの記事で紹介されてたのを見たことがあった。気にはなっていたため、健からもらって読み始めた。
一巻読み終えると、碧井は少し休憩を取ることにした。その間も慶也はずっと勉強していた。そんなに必死になるのは、やっぱり。受験があるからというのも理由だろうが。
ふと、慶也のページをめくる手に目が留まった。爪が綺麗に短く切られていた。普段から手入れをしているのだろうか。シャーペンの先をトンと突いた。「うし、今日はここまで」
慶也は健の方へ漫画を取りに行った。
碧井は慶也が見てない所を見計らって、部屋を観察し始めた。男子の部屋らしく所々整理がされていない。壁にはスポーツ選手のポスターが貼られていた。部屋の奥の方には性描写が強い漫画が並んでいた。碧井はそっと一冊取り、中を見てみた。刺激が強くてすぐに閉じた。男子だからこういうの好きなのかな。
「あ、そうだ。二人に聞きたいんだけど」
健がおもむろに言った。
「同じクラスの竹井さんのこと、詳しく知らない?」
「また、始まったよ」
「どういうこと?」
碧井は問い返した。
「健は竹井さんのことが好きなんだよ」
「え」
突然の告白に少し戸惑った。健は照れるわけでも、隠す素振りもない様子だった。碧井は羨ましく感じた。
「田辺さん、竹井さんと仲良いとかない?」
「竹井さんか……」
クラス内で話さないという訳ではなかったが、別段仲が良いわけでも無かった。一度、放課後、女子数人で集まっていた時、竹井さんが都市伝説が好きだと言って熱く語っていたことがあった。こんな面白い人なんだと思った。それ以降は話す機会がなかった。
「そうか……。じゃあ竹井さんと仲良い人、知ってる?」
「室田さん、とかかな?」
「直接、本人に聞けばいいだろ」
「それが聞けないから、頼んでるんじゃん。竹井さん、どんな男子がタイプなのかなー」
都市伝説とか好きな人だから、変わっている人が好きかもしれないと碧井は想像した。
「てかさ、田辺を巻き込むなよ」
「え?何のこと?」
「また、探してただろ」
「あー。ごめん田辺さん」
昨日、学校に用事があって、その帰りに健に呼び止められた。健が探していたのは、全身が真っ赤な鳥だった。健は鳥を写真で撮るのが趣味なので、それを見つけるために碧井は付き合わされた。
「いやー、なんかいないんだよ。友達から聞いてさ。みたいじゃん」
「本当にいるのか?」
「うーん」
健は考え込んだ。その真っ赤な鳥は最近現れたらしい。健によると、存在自体は数年前からあったらしい。
「あっ」
碧井は思いついた。
「どうした?」
「竹井さんに聞いてみようか?」
「なんで、竹井さん?」
「都市伝説が好きだって言ってたから何かしってるかも」
「お、まじか。代わりに聞いといてくれない?」
「自分で聞けよ」
慶也は健の背中を叩いた。健はイッてと声を漏らした。
「それが、できねぇーんだよ。田辺さん、お願い!」
碧井は竹井さんの名前を出したとき、ひらめいた。自分たちの目の前で起こったことの手がかりが掴めるかもしれない。里のために諦めたくないのは碧井も一緒だった。
「分かった、聞いてみる。でも連絡先知らないから学校始まってからで良い?」
「全然、OK!ありがたい」
慶也は健の横で考える仕草をしていた。
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