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碧井は図書室へ向かっていた。通り過ぎる教師たちとあいさつを交わしながら、目的地に着いた。扉をあけようとすると、肩を叩かれた。参考書やノートを小脇に抱えた明だった。
「おはよ」
「おはよう」
「くると思ったから、今日は先に外で待ってた」
忙しいシーズンでも付き合ってくれる明には感謝しかない。碧井の頼みを聞いてる中、先日行われた英語の小テストではクラス一位の点数だった。どうやったらそんなことが可能なのだろうか。
「ごめん、ちょっとこれだけ出してくる」
明は職員室の前に置かれた提出箱にプリントを出しに行った。受験までの間、希望者のみ、本番さながらの模試が配布され、解答用紙を所定の場所に提出すると、丸付けされて返ってくる。健も希望していたような気がする。
戻ってきた明に碧井は早速、話を振った。
「昨日の件、今どんな感じ?」
階段途中の窓から日差しが降り注いでいた。まだまだ暑さは和らぎそうにない。
「不可解な現象は交点だってのは確実かも。研究者がそう言ってる発表を見つけた。その条件に赤い鳥は話したよね?」
「そうなんじゃないかって言ったね」
「そこに、このデバイスがもしかしたら関係してるかもしれないってのが、新たな情報かな」
ここに来てまたデバイスが現れた。里の事件以降、デバイスに対する不信感が募った。
「デバイスがどう関係するの?」
「直接的な記述を見た訳じゃないんだけど、私、思い出してさ。三年前のこと」
「何かあったの?」
いつも怖い顔をしてる数学教師が明に話しかけた。教師はにこやかに背中を押す言葉を残して去った。教師も人間なんだなと感じた。優秀な生徒には甘くなってしまうのか。
明は教師の姿を見送ってから言った。
「私の中学の学内で当時、デバイスの噂がすごい流行ってたというか、そんなことがあったこと思い出して。ちょうど里ちゃんの時だからさ」
「それ、私たちの中学でも流行ってたよ。噂は本当か判らないけど、とにかくあった」
「なるほどね、ますます怪しいね……」
碧井は時間ギリギリに入ってきた男子とぶつかりそうになった。男子は謝って、自分の席に急いだ。
「じゃあ、また」
碧井は明と別れ、自分の席に戻った。
昼休憩に弁当を食べ終わってリラックスしていた。そこへ健がやってきた。
「田辺さん、竹井さんに聞いてくれた?」
クラスメイトの机に座って、訊いてきた。
「うん、鳥のことは知ってた。好きな男子のタイプはわからない」
「お、鳥は詳しく言ってなかった?」
「いつ、どこで現れるか判らないって言ってたよ。探すのは難しいと思うよ」
「マジかー……。好きなタイプは?」
「聞けるような状況じゃないから、分からない。そういう話しないからさ」
「くそー、そうかー。頑張って自分で聞いてみるか……」
明に質問すれば答えてくれそうだけど、今はそんな話できない気がする。でも、確かに明がどんな人が好きか知りたい気持ちはある。
碧井は立って背伸びをした。ここ最近の疲労が溜まっていた。真実に手が届きそうで届かないもどかしさがあった。
「ねぇ」
健は座っていた机の筆箱を勝手にいじった。消しゴムを見つけ、手で遊び始めた。
「ん?」
「男子ってどういう女子が好きなの?」
「どういうって……。まぁ人によるんじゃないって答えにならないか」
「例えば、明るい子かおとなしい子だったら?」
「明るい子じゃない?会話が楽しめそうじゃん」
やはりそういう子のほうが印象が良いのだろうか。里も明るいし。
健は投げていた消しゴムを持ち主の筆箱に返して、男子グループの中に入っていった。
碧井は自分の席にまた座った。教室の窓からの景色を楽しむことにした。
碧井の耳元に吹奏楽部の演奏が流れてきた。何度も演奏が止まっていた。止まるたびに顧問が厳しく指導している絵が浮かんだ。
「あ、起きた?」
明が顔を覗き込んできた。碧井は身体を起こした。右腕がしびれていた。いつから寝ていたのだろうか。
「ごめん、放課後約束してたよね」
「ううん、今日は別に。勉強してたし」
碧井は半開きの目を起こすように、頬を叩いた。明は碧井の前の席に腰を下ろした。
「いま、大丈夫?」
「ふわぁ、うん」
明はあの眼鏡を掛けていた。ぐっと瞳が碧井を捕らえた。
「……朝、言ったことなんだけど」
放課後で教室内の生徒はまばらだった。昨日は反省してたせいか、睡眠が足りなかった。
「このデバイス、これが厄介で、調べても詳細が出てこない」
「私もそう。図書館とか言っても判ることは表面だけ」
「不可解な現象が報告された内容を見ると、交点のほかに何か合わさって起きることは可能性が高い。いくつかの報告から、目撃証言でこんなことあったとか天候がどうだとか話が上がっていた。都市伝説好きの仲間に連絡してみると、やっぱり何かトリガーとなるものがあるらしい」
「それが赤い鳥ってこと?」
「そう。だけど、全部の現象に赤い鳥が関わっているかどうかは、判らない」
教室の奥から慶也がやってきた。明が呼んでいたらしい。
「俺も聞いたぜ。やっぱ赤い鳥?」
「間違いないって思った方がいいかもね。里ちゃんの他にも巻き込まれた人はいるだろうから、解明すればその人たちのためにもなるし」
「……そうだな」
慶也は自分の机の中から教科書やノートを取り出し、通学カバンに入れた。
「で、そこで」
「これか」
明と慶也は同時にデバイスを碧井に見せた。碧井もポケットから出して、二人と一緒に机に並べた。三人は見比べるかのようにデバイスを観察した。
「三年前、俺らが中学の時、デバイスの噂が流れた」
「誰が流したのかな、国とか……」
「えらく、デカい規模で来たな……」
「国が流してもメリットはないと思うよ。このデバイスを怪しむ人たちが増えてしまうから」
明はキッパリと否定した。
「じゃあ、誰が……」
「これは私の推測だけど、里ちゃんの前か同時期ぐらいに同じ事が起こった。その情報が何らかの形で噂として広まった」
「例えば、竹井さんが見てる掲示板とか」
「そう」
明は眼鏡を外した。レンズは曇りひとつなく、綺麗だった。
「誰かが、こんなことがあったって皆に知らせてくれたんだろうけど、ネットを通じて。それが消される前に、私達のほうへ噂として残った」
「そうか、不可解な現象自体は結構前からあったけど、三年前、たまたま噂で知れたってこと?」
「うん」
「……つまり?」
「国か何かが情報を消してるんだよ。あの掲示板なんて何回壊されてるか」
「三年前のときに消すのが遅くて、その前に俺たちに情報が来たってことか」
「そういうことだと思う」
「はぁ、なるほど。もう頭いっぱいだわ」
「まだだよ、それでデバイスがどうかかわるのかって話」
「ん、そうか」
「それが……」
「「それが?」」
「…………判らない」
「え?」
碧井と慶也は笑った。
「竹井さん、やるじゃん」
「いやいや、私もこれでいっぱいかなって思う。昨日、掲示板見たら無かったし。そのために一応メモは残してあるけど」
「いや、でもここまですげぇよ、なぁ?」
碧井は頷いた。
「ここからは俺たちの番だな。その先を調べるか」
「調べるだけなら大丈夫だと思うけど、気を付けて。デバイスに関する事は今までの比じゃないと思うから。行動するときは慎重に」
「……オーケー」
「明は勉強あるだろうから、後は任せて」
と言ったものの、碧井には何も策はなかった。慶也もそれは同じだろう。
受験生ということは十分わかっている。それ以上に里のことを救いたい想いが強かった。慶也はまたそれ以上に想いが強い。
「ちょっとのどが渇いたから飲み物買ってくるわ」
「じゃあ、私も行く」
碧井は慶也の後を追った。
階段の窓の外は晴天が広がっていて、グラウンドではサッカー部が練習していた。午前中は雨が降っていたが、午後になると晴れ間が出てきて、クラスメイトの運動部は落胆していた。
一階の昇降口からまっすぐ進んだところに自動販売機が設置されていて、慶也はそこでお茶を買った。
「田辺は?おごるけど」
「いや、いいよそんな」
「いいから」
「じゃあ……」
碧井はスポーツドリンクを指した。慶也はお金を入れて、それを買った。碧井はお礼を言った。
自動販売機の反対側の壁に慶也は寄りかかった。購入した緑茶を飲んで、口を潤した。碧井は慶也が飲んだことを確認して、ペットボトルに口をつけた。
「なんかさ」
「ん?」
「ああは言ったけど、どうすればいいんだろうな」
緑茶のラベルを爪ではがした。ラベルをクシャクシャにした。
「真実に手が届きそうなんだけどな」
「私も自分で調べるのは限界かな。疲れちゃって」
「せっかく、竹井さんがいろいろやってくれたから、その先をどうにかしたいな」
「とりあえず、竹井さんがくれた情報を整理しようか」
「そうだな。メモしてまとめるか」
クシャクシャにしたラベルをペットボトルゴミの横の燃えるゴミ専用のゴミ箱に投げた。二人の中で、諦めるという言葉は出てこない
「うし」
慶也は飲み干して、ペットボトルのゴミ箱に入れた。
教室に戻ると、明がいなくなっていた。勉強をしに図書室にいったのだろう。
「まず……」
ルーズリーフを一枚出した。碧井は慶也の隣に座った。
・現象は交点で発生。それ以外にトリガーとなる物(赤い鳥?)
・三年前、デバイスの噂
・山の上が交点
「こんな感じ、か?」
「デバイスと赤い鳥を押さえれば」
「そうだな。赤い鳥は健の野郎に訊けば何かわかるかもな」
「じゃあ、それ任せていい「?」
慶也は頷いた。
「私は、デバイスのこと、調べるよ」
「いや、でもデバイス調べても出てくる?」
「出てこない、けど見落としがあるかも、かもしれない」
「また竹井さんに頼るしかないか」
「竹井さんと組んでやってみるよ」
碧井は慶也の頭をちらりと見た。坊主という感じは変わらないが、夏休みの時よりも髪が伸びて、爽やかになっていた。碧井は慶也がおでこを出している状態にキュンとする。一番は部活での慶也を見たときだった。汗をかいてうっとうしくなって前髪を上げた時、最もドキドキした。
「じゃあ、これで」
慶也はシャーペンを置いた。
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