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怒涛の勢いで一週間が過ぎた。考え尽くしだった日々の疲れをとるため、碧井は横になっていた。今は土曜日で勉強しなければいけないことはわかっているが、気が進まなかった。
隣の部屋から音が漏れていた。妹が好きなアイドルグループの曲を流して、踊っているのだろう。何回か勧められたが、聴いてる暇はないと思って、取り合わなかった。
机には勉強しようとした形跡が残っていた。乱雑に教科書や参考書が置かれ、やった気になっていた。
慶也と話し合った後、明にデバイスのことを話した。明は快諾してくれた。今、この時でもデバイスのことを調べてくれている。
ベッドから身体を起こして、パソコンの電源を入れた。親が使っていたものを譲り受けた。バージョンは古いタイプだが、調べるだけなら問題はない。
ゆっくりと起動した。碧井はすぐにインターネットのアイコンをクリックした。明に教えてもらった掲示板を開いた。都市伝説の掲示板だからか、全体的に暗くて怖かった。スクロールして、デバイスに関する記述があるトピックを押した。
キーボード近くにあったプリントが落ちた。担任から提出しろと言われていたものだった。ここにあったとは。でももう遅い。提出が出来なくて、担任に呆れられた。
明の言う通り、デバイスに関する記述は少なかった。どれから見れば良いか判らなかったので、話題ごとに分けられていた一つをクリックした。そこは不可解な現象とデバイスの関係について、活発に議論されていた。明のような頭の良い人たちが世の中にこんなにもいるんだと、碧井は驚いた。
その中で三年前にデバイスの噂が流行ったという書き込みを見つけた。他の所でも噂は広がっていた。
デバイスが事件に絡んでくる可能性が一気に高まった。明はこの記述を知っていただろう。しかし、確定するまでは言わなかった。
不可解な現象はデバイスが引き起こしたのではという推測があった。碧井には難しくてついていくのがやっとだったが、一つ気になる記述を見つけた。
デバイスのボタンは全部で三種類。大きい赤いボタンとその下にある小さいボタン。そして、横についてある小さいボタンがあった。碧井はデバイスを確認した。二つのボタンはわかる。横のボタンが見つけられない。掲示板にはよく目を凝らしてみると小さいボタンが取り付けられているらしい。目をデバイスに近づけると、あった。
それは本当に小さかった。気づいたとしてもボタンと思わないだろう。飾りか何かと勘違いしてしまう。
「これって……」
一気に全身から血が抜けた。何のために取り付けられているのだろうか。しっかりのボタンの形状になっている。
碧井は明に電話した。これは誰かと共有しないと、一人では抱えられない。
「はい、もしもし」
「明、今大丈夫?」
「うん」
碧井は掲示板を見ていることを言った。
「そうなんだ、どう収穫はあった?」
「デバイスを見てほしいんだけど」
「うん」
「デバイスの横によく見ると黒いボタンが取り付けられているんだよね」
「えっと、待ってね」
受話器の向こうで必死に探してくれている。少し間があって返答があった。
「…………ほんとだ、気が付かなかった。なんだろう」
「掲示板で書いてる人がいて、確認したらあったよ。私、怖くなって電話しちゃった」
「……そうだね、これボタンって気づかないよ。巧妙だね、やり方が、これは」
「押しちゃダメだよね?」
「……どうだろう、間違えて手で押しちゃう人もいるから、ただ押しただけでは何も起こらないと思う」
「また判らなくなってきた」
「……でもなんか胸騒ぎがする。これ以上踏み込むなって言われてるみたい」
「里はこれを押したのかな……?」
「碧井ちゃん、何かこれ以上追及するのは良くない気がする。月曜日に会うまで何もしないでいて」
電話が切れた。明があそこまで言うということは相当危険な領域に踏み込んでしまったのだろうか。
碧井はパソコンから目を離した。何がなんだか分からない。無事でいてほしい、碧井は少年を思い浮かべた。
夜、明から着信があった。もう一度、昼の忠告をした内容だった。碧井はこれ以上は無理だと諦めた。
雲が月を隠して、夜空を浮遊していた。月を見せまいと壁になった。それは巨大な海洋生物と化し、静かにその時を待っていた。
日曜日の午後、碧井は妹と昼ご飯を作っていた。夕飯の残りと焼きそばで腹を満たした。
昼ご飯を食べた後は、机に向かって授業の復習をした。勉強が一段落して、受験勉強に必要な参考書を探した。部屋の奥にある棚に目をつけて、確認する。目的のものを数冊見つけて机に置いた。
参考書と参考書の隙間から紙の切れ端が落ちた。碧井はそれを拾って、文章を読んだ。自分が前に書いていた日記の一部だった。文字が薄いが、慶也という文字は読み取れた。
日記を書いていた時、慶也と何処どこへ行ったとか、慶也と一緒にいたとか些細な事まで記していた、あの頃が懐かしかった。
鈍い音がした。参考書に埋もれていた携帯電話の着信が鳴っていた。相手は慶也だ、碧井は慌てて出た。
「今、大丈夫か」
「うん」
「今から、あそこの山に行くんだけど、来られる?」
今からか、と机の上に並べられた書籍たちを一瞥して、返事した。
「じゃあ、そこで集合で」
やっぱり行くことにした。
九月になっても、暑さは残っていた。ここまで来るのに汗をかいてしまった。せっかくきれにしたのに。
「うし」
慶也がデバイスを三つ並べていた。
「それ、何に使うの?」
それらは、慶也、碧井、健のデバイスだった。
「ちょっとさ、あの状況を再現しようと思って」
そう言った慶也は碧井の横についた。
「あの時、デバイスが三つあったじゃん。俺らと里、時間帯は夕方だった。で、もう一度思い出したんだよ。里はもしかして俺らにあの鳥を見せようと思って、この山に連れて来たんじゃないかって」
「でも、私、覚えてないよ」
「まぁ、とにかく今こうやってあの状況と一緒にしてみて、どうなるか、だ」
慶也は碧井を連れて、デバイスを見せた。碧井が昨日、発見した黒いボタンを押そうとしていた。
「それって!」
「……知ってるのか、俺も見たよ。掲示板で」
「やめようよ」
「なんで!?里が戻ってきてくれるかもしれないじゃん」
「私、怖い……」
「こわい?」
「それ以上は……」
「田辺にしては珍しいな。何を弱気になることがある。何年振りかに会えるんだぜ」
その笑顔はやめてほしい、反則。
「…………」
「よし、よし、押すぞ!」
「や、やっぱり」
「じゃあ、一緒に押そう」
碧井の手に慶也が振れた。手をつなぎたくて、つなげなかった苦い思い出が蘇った。
怖くてドキドキなのか、緊張してドキドキしているのか判らない。
「ふー……、よし!」
押した。
碧井は目をつむった。
「…………なんだ、何も起こらないじゃん。ほら田辺、何もないぞ」
言われて目を開けた。確かに何も変わっていなかった。慶也は嘆いて、片付けようとした。
「っ!あれ、見て!」
碧井が指した先の景色が若干、歪んでいた。気のせいだろうと慶也は返したが、その歪みは大きくなった。
「…………え?これ、は」
あたりの草木は風が吹いていないのに、揺れて騒がしくなった。
「うわ!?何だこれ!」
鋭い音が二人の頭を貫いた。二人とも頭を抱えた。
思い出した。
三年前、恐怖だけの映像が鮮明になって、細かい描写が加えられた。
竜巻が起きたと錯覚するくらいの暴風が辺り一面を襲った。碧井は身を屈め、慶也の手を掴んだ。
「あれ、見て!」
恐ろしい、異次元の現象が起きた。目の前の景色がパックリ割れている。
「…………これ、か、これだ!!」
慶也は叫んだ。異空間に近づくように一歩、足を出した。
「だめ、危ない!!」
「里が、里が、そこにいるんだぞ!」
慶也の取り乱した姿、これは危ない。
「いっちゃ、行ってはダメ!」
「なんでだよ!里に会えるんだ、里を救えるんだぞ!!」
暴風と共に甲高い声がした。赤い鳥?しかし、赤い鳥なんて。
「…………赤い鳥がいないのに、関係なかった?」
訳がわからないまま、慶也はどんどん異空間に近づいていく。
「田辺!田辺も一緒にこい!!」
「いや、私はいや!!」
碧は叫んでいた。
「何言ってるんだよ!?里を一緒に救おうぜ」
「いやだ、わたしは、いや」
慶也の背後に影がよぎった。赤い鳥が薄目で碧井を見ていた。あざ笑うかのように空へ飛び立った。
異空間が慶也の身体を飲み込んだ。碧井は腕を掴もうと、手を伸ばした。
「田辺!!!はや――――」
慶也の姿は跡形も無くなった。
いつの間にか暴風はやんでいた。碧井は地面に手をついて泣いた。
「慶也、くん…………、慶也くん、戻ってきて!」
何事もなかったかのように、景色は元通りになっていた。
「慶也くんが…………、けいや―――!」
碧井の慟哭はむなしく、天へ響いた。
しかし、この声を聞いた者は誰もいない。
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