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五月晴れという言葉がぴったりな日曜日の昼時ということもあり、公園では若者のグループや家族連れがバーベキューを楽しんでいる。
美月はその様子には目も止めずに、首からカメラをぶら下げ、公園を散策していた。
青々とした木々が風に揺れる。隙間から差し込む光が遊歩道を照らした。その先に大きな木が見え、根元を苔が覆い尽くしている。
ここはあまり光が当たらないのね。苔がこんなに生き生きしている。美月は木と苔が共存する姿が好きだった。ひっそりと寄り添っている感じにほっこりする。
私も目立つのは好きじゃないの。誰にも何も干渉されずに、一人でひっそり生きていたい。願わくば、そんな私に寄り添ってくれる人が現れたらどんなに素敵かしら。
* * * *
美月はポニーテールが好きだった。幼稚園教諭という仕事柄、動きやすいように髪を結ぶのが定番だというのもあるが、美月は"ポニーの尻尾"という名前が気に入っていた。
気の向くまま走っていたいな。捕まえようとする人がいても、きっとすり抜けちゃうの。でもそうね……尻尾じゃなくて、私を捕まえてほしいなんて夢を見てしまう。
髪を揺らしながら歩いていくと、広場の青々とした桜の木に、最後の花を見つけた。
ちょっとみんなより出遅れちゃったのかしら。大丈夫。私があなたを記憶の中に残しておくから。
そしてカメラを構えると、シャッターを押した。写真を確認して、美月は微笑む。今日も素敵な一枚に出会えた。
「あのっ!」
急に肩を掴まれ、驚いたように美月は振り返る。
「小林美月さんですか⁈」
白いTシャツに黒いシャツを羽織り、デニム姿の男性が息を切らして立っていた。美月と同じくらいの年齢に見える。ただ記憶にはないため、美月は警戒した。
「そうですけど……どちら様ですか?」
男性は慌てて手を離すと、嬉しそうに笑いかけた。
「あの……俺、高校の後輩なんです。先輩の写真が好きで、ずっと話したいと思ってました」
高校の後輩? それならと少しだけ警戒心を解く。
その時、背後から彼を呼ぶ声がする。行かなくていいのかと心配になったが、彼は美月を見たままだった。
「俺、神田樹っていいます。もし良かったら連絡先を教えてもらえませんか?」
相手は私を知っているとはいえ、私は覚えがない。そんな人に教えるのは怖かった。でも悪い人にも見えないし……。
「じゃあSNSで連絡してくれる? 本名で登録してるから」
「わ、わかりました! ありがとうございます!」
美月は慌ててその場を離れた。これで良かったのかな……正解がわからず、美月の心臓は緊張で高鳴った。
* * * *
美月が部屋にこもって写真の編集をしていた時、スマホに新着のメッセージを知らせるバナーが現れる。
とくに気にせずSNSを開いた美月は驚いた。昼間の男性からだった。
『昼間は突然話しかけてしまってすみませんでした。高二の文化祭で先輩の写真を見てから、ずっとお話ししたいと思っていました。ようやく今日、声をかけることが出来ました。もし良かったらお会い出来ませんか? 樹』
丁寧な文章。だからと言って人間性まではわからない。それに文化祭……彼が高二ということは私は三年。その時に展示した写真といえば……心当たりがある。でもまさかね……。
『休みの日は撮影に時間を使いたいのでごめんなさい』
美月がメッセージを送ると、すぐに返事が返ってきた。
『そうですよね。突然すみませんでした。もし機会がありましたらお願いします! 樹』
悪いと思いながらも、知らない人と話すのが怖いというのが本心だった。
徐に彼の個人ページを開いてみる。あぁ、確かに同じ高校だ。へぇ、あの大学に行ったんだ。今は公務員。なんて堅実。ただ彼が載せている写真は、友達とのもので溢れていた。
それに比べて私は風景ばかり。こういう社交的な人と私じゃ話も合わない。お断りしたし、きっともう会うこともないだろう。
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