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 美月は休日限定で、一日の始まりの一枚をSNSにアップしていた。先週なら公園の木と苔の写真。今日は神社の狛犬と御神木の写真を撮った。  神社を出ると、昔ながらの店が並ぶ通りに出る。どこか温かみがあって、懐かしい感じがした。  写真を撮りながら、食べ歩きなども楽しむ。この時間が、美月は好きだった。誰にも邪魔をされずに、ゆったりと一人の時間が流れていく。  歩いていた道の横に小さな花を咲かせた木を見つけ、カメラを構えた時だった。その木の奥に、一人の人間が映り込む。カメラを下ろし、その人が歩き去るのを待とうと思った時、美月は驚き固まった。 「あっ、先輩みーっけ!」  樹が笑顔で立っていたのだ。 「あ……なんで?」  美月は焦って腰を抜かしそうになる。 「なんかあのままだと先輩がなかなか会ってくれない気がしたから、それなら自分から行っちゃおうかなって思って」 「……よくここがわかったわね」 「今朝の写真を見たからね。きっとここだと思ったんだ。別にストーカーとかじゃないから」  樹は美月が心の中で思ったことを、さらっと口に出す。 「先輩の邪魔はしないからさ、一緒について行ってもいい?」  樹の言葉に、美月は顔を背ける。明らかに不機嫌そうな表情だ。 「……嫌。私は気兼ねなくマイペースで歩きたいの」 「わかった。じゃあ話しかけない、距離を置く、空気みたいについていくからさ」 「……なんでそこまでするの?」 「うーん……先輩を知りたいから?」 「……意味わかんない。でも空気みたいに出来るなら……」 「了解。今から空気になります」 「……勝手にして」  美月は再びカメラを構える。すると樹の姿が消えた。まるで本当に空気になったかのように。 * * * *  樹が消えたおかげで、美月は彼の存在をすっかり忘れて撮影に集中出来た。そのまま帰ろうとした美月は、突然後ろから肩を掴まれる。そこには苦笑いを浮かべた樹が立っていた。 「先輩、俺のことすっかり忘れて帰ろうとしたでしょ」 「……あぁ、だって空気だし」 「撮影中はね。終わったなら、ご飯くらい一緒に食べましょうよ」 「……」 「なんでそんな露骨に嫌な顔をするんですか」 「だって一人が好きなんだもん。仕方ないでしょ」  一進一退の攻防戦の末、美月が折れることになった。どうして私が知らない人とご飯を食べる羽目になるの?  ただ人懐っこい彼の雰囲気に、美月は少しだけ警戒心を解いているのも事実だった。 * * * *  二人はカジュアルなイタリアンのお店に入った。それぞれパスタを頼む。 「先輩、お酒は?」 「明日仕事だから、やめておく」 「何の仕事してるの?」 「幼稚園の先生。先生からお酒の匂いなんかしたらダメでしょ」  美月の言葉を不思議そうに聞いている。 「てっきり写真関係に進んだのかと思ってた」 「これは趣味。趣味では食べていけないし。元々子どもが好きなの。だから幼稚園では子どもたちの写真も撮らせてもらってるし」 「へぇ……見たいなぁ」 「個人情報だからダメ」  届いたパスタを口にしながら、樹は嬉しそうに美月を見ていた。 「見ないで。食べにくいから」 「だってやっと先輩と話せた。高校時代はなかなか追いつけなかったから」 「……追いつけなかった?」 「そう。先輩ってカメラを持つと、なんか楽しそうにステップ踏みながらどこかに行っちゃうんだ。見つけたって思っても、ちょっとよそ見したらもういない」  言われてみれば、確かにそうだったかもしれない。撮りたいものを探し歩いて、学校中をフラフラしていた。でも見つければ集中したし、何よりステップというのが腑に落ちない。  樹は口元にそっと笑みを浮かべる。 「今そんなことないって思ったでしょ」 「……君さ、何組だった?」 「俺? 二年二組、担任は石山先生。もしかして、本当に後輩か疑った?」  図星だった。私はいつも一人気ままに写真を撮っていた。誰かが追いかけてきていたなんて、感じたことはなかった。 「……ま、まさか幽霊とか……」 「目の前にいるよね。実体あるし。本当に先輩って想像以上に面白いかも!」 「……謎だわ」 「じゃあ大いに悩んでください。先輩の頭が俺でいっぱいだなんて、感無量だな」  楽しそうに食べる樹に対して、美月は不安が募る一方だった。 「俺のこと、いつかちゃんと思い出してくださいね」  やはりあの時の彼なのだろうか。でも確信が持てない。 「思い出せたらね」 「それは楽しみだ。じゃあ先輩が思い出すまで、またこうやって来てもいい?」 「……私を見つけられたらね」 「あはは。なんか高校の時に戻ったみたい」  でもなんでかな。すごく話しやすい。むしろ楽しいと思う。  もし君があの時の彼だったとして、私と一体何を話したいのだろう。
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