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「それで、天使のような少女が成長して学園へ通うことになり、同級生となった弱虫王子が他の女に懸想して白昼堂々と逢引を繰り返した挙句、多くの生徒たちの前で婚約破棄を告げるこの物語は、どういう結末を迎えるのですか?」
「なにか、とってもトゲがある言い回しね」
「世にありふれた物語の内容を、ざっくりと要約しただけですよ」
「……わたしが書いているものは、独自性に欠けるって言いたいのね」
「むしろ、典型通りに行動なさっているフリッツ殿下に私は感動しています。それを喜び勇んでネタにしているお嬢様にも」
「喉が渇いたからお茶が欲しいわルーク」
従者の言葉を遮って、テレサは休憩を求めた。
応じて一礼した青年は、脇の給湯室に消える。丁寧な物腰はいつものことだけれど、今日にかぎってはどこかとげとげしい。
忠実なる下僕を自称するルークは、フリッツの言動に怒っているのだろう。七歳の折に結ばれた契約は、多くの者が成婚する十八歳を迎える直前に一方的に破られたのだ。
まだ王家から連絡は来ていないけれど、城に勤めている父や兄には一報が入っていることだろう。女の自分は待つことしかできない。貴族令嬢とはそういうものだ。
(いいのよ。フリッツとは互いに心を通わせたわけではないし)
負け惜しみではなく、呟く。
自らの筆で振り返ったように、フリッツとの出会いは第一王子の誕生パーティー。
国内外の貴人が集まるなかには見慣れない顔ぶれも多く、テレサは四歳上の兄と一緒に歩きまわった。テーブルには異国の珍しい菓子や料理が並んでいて、舌を喜ばせる。父にせがんで、伯爵家の料理人に再現してもらったほどだ。
第一王子は、どうやら兄と学園で仲良くなったようで、妹を紹介する約束をしていたらしい。互いの弟妹も同じ年ということで、自分たち同様に仲良くなれたらという兄心だったのだろう。
テッサ、殿下だよ。友達になったんだ――と笑う兄は、妹から見ても豪胆だった。
快活で優秀な兄殿下と比較されるせいか、どこか卑屈で気弱だったフリッツは、王宮の庭でひそかに泣いていた。迷子になったらしい。
広い庭を散歩していたテレサは偶然彼を見つけた。
泣き顔に気づかない振りをしたことで気に入られたのか、パーティーが終わるまでのあいだ、ずっと話をしたものだ。
それ以来、テレサはフリッツ係になり、いつのまにか婚約者になっていた。
周囲は大歓迎だし、第一王子は「本当に妹になるなんて。私もテッサと呼んでもいいだろうか」と嬉しそうだし、なんというか完全に外堀が埋まっており、テレサの意思が介入する隙間はすでになかった。
恋と呼べるものではなかったけれど、貴族の結婚というのは家同士の契約らしいので、まあいいかと結論づける。
べつに嫌いではない。そのうちどうにかなるかもしれない。
絵本のお姫様たちのように、王子様との結婚に憧れもあった。
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