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事故のあと、父が連れてきた異国の少年はテレサの話し相手として配された。あのころ――誰が犯人なのかもわからなかったあの時期は、自国の人間はたとえ子どもであろうと信用ならず、テレサに近づけることはできなかったのだろう。
見慣れない黒髪に藍色の瞳をした少年は、まるで夜の化身だった。
金髪の中に紛れ込んだ異質な色を持つルークは、ちっとも物怖じせずに生きていて、その姿にテレサは憧憬の念を抱いた。
怪我を負った自分に対するまなざしが怖かった。
同情されるのが嫌だった。
誰かを恨むのも嫌だった。
なにを思うか、なにをどうしたいのかは自分で決めたい。
ルークを見て、テレサは自分の未来を強く意識したのだ。
集団のなかにいる異分子。他と違うと蔑まれた水鳥がやがて美しく羽ばたく鳥となったように、自分も気高く生きよう。
必死にあがいて、けれどその姿は見せず。
皆の目には、強く美しく気高い伯爵令嬢として映ってみせる。
テレサの決意を知ってか知らずか、ルークは身体を起こせるようになったテレサ専属の従者となった。
手を貸し、時に周囲の敵から彼女を守る盾となり、使用人の鑑として仕えてくれた。感謝している。
従者として学園に通うにあたり、ふたつ年上のルークは年下のなかで生活してきたことになる。
浮いた噂のひとつもなく、かといって男色という陰口もなく。主としては忠義に報いるべきなのだろうが、ルークの望みがいまひとつわからない。なにしろテレサは自由のきかない身体だから、なにをするにもルークがついてまわるのだ。彼に隠れてなにかを用意することは不可能ともいえる。
以前、兄に相談を持ちかけたことがあったが、あまり役には立たなかった。
「簡単なことだ、テッサ。あいつにとっては、おまえ自身が褒美だよ」
「兄さま。とっても下品ですことよ」
「可愛い妹よ。いつのまにそんないかがわしい本を読むようになったんだ、兄は興奮……いや、哀しいぞ」
兄の性癖はともかくとして、使用人としての分をわきまえているルークにかぎって、それはありえない。
決して踏み込まない、領分を侵すような真似はしない。
何年経っても、彼はテレサを愛称では呼ばないのだ。それを口にする立場にはありません、と。
そんな潔癖なところが好きで、だからテレサはもどかしい。
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