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(動けないでいるわたしは、フリッツのことを弱虫なんてもう呼べないわね。彼は立派に役目を果たしたもの)
第二王子妃に求められるのは、兄殿下の立場を脅かさない程度の家格。それでいて、あまり身分が低すぎるのもよくはない。
父や兄の立ち位置も踏まえて、テレサは釣り合いがとれた理想の相手だったのだと、大きくなった今ではわかる。
このまま結婚したほうが美談となっただろう。傷を負った伯爵令嬢を、幼いころの約束のままに迎え入れる物語。乙女の夢を詰めこんだような話だ。
けれど、フリッツが選んだ相手だって悪くはない。彼女はさる小国から亡命してきた王族の生き残りである。
縁者を頼ってこの国に訪れて、身分を隠して過ごしながら王子様に見初められるだなんて、こちらだって存分に乙女心をくすぐる物語。テレサは全力で応援している。
テレサの立場なら、元王女をいじめてこそだが、車椅子のテレサは相手に気づかれないように近づいて背中を押したり、相手を転ばせるような行動はできないのだ。期待に添えなくて申し訳ない。
それでもフリッツはきちんと彼女に心を伝え、ああして婚約破棄宣言にこぎつけたのだから、満足している。自分がロマンス小説の一員になれた気がして、嬉しいぐらいだ。
あとはこれを物語にするだけ。結末は、まだわからないけれど。
ふと、鼻先に良い香りが届いた。ルークがお茶を淹れてきてくれたようだ。
お気に入りの茶葉とお気に入りのお菓子。至福のひととき。
「今日はお嬢様に物語をひとつ」
茶器を並べながらルークが言う。
出会ったころ、よく異国の物語を聞かせてくれた。またなにか新しい物語を入手したのだろうか。
促すと、彼は口を開いた。
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