0人が本棚に入れています
本棚に追加
成りに、参りました
将棋と恋愛は似ていると思う
目的は1つ、"王"を取ること
周りには、その行く手を阻む他の駒たちがたくさんいる
その駒たちは、それぞれ種類があって
動き方が、全然違う
それを掻い潜って王に辿り着くために
何千、何万通りもの進め方を研究し、戦略を練る
時には、自分の持ち駒も利用する
"王"と出会うためには
あらゆる方法を使って、全力で取りに行かなければならない
これは、恋愛の1つ
好きな人を手に入れるには
その手を阻む、恋のライバルや相手の親、多種多様な人たちを掻い潜らなければいけない
アプローチの仕方は山ほどあって
どれが1番、相手に響くか
どれが1番、手に入れるための近道か
そうやって、戦略を練らなければいけない
時には、自分の友達を使って
話しかけるきっかけを作ってもらったり
一緒に作戦を考えてもらったり
"好きな人"を手に入れるためには
あらゆる方法を使って、全力で手に入れなければいけない
でも、私が王を取る前に
私が、取られることもある
そうなると私は
王とは、決して出会えない
それもまた、恋愛の1つ
運命の人なんて、誰にも分からない
もしかしたら、その途中で出会った人が運命の人かもしれない
そんなことは、神のみぞ知るんだと思う
そして、駒は王に近付くと
"成る"ことが出来る
"成る"とは、その駒が持つ能力に、金の能力が付く
つまり、今まで出来なかった動きが、出来るようになるということ
それもまた、恋愛の1つ
人は、好きな人の前では
不思議と、力が出る
出来ないことも、出来るようになる
逆に、真っ直ぐにしか進めなかった駒が、横に進めたり、後ろに戻れたりする
それもまた、恋愛の1つ
いざ、好きな人の前では
自分の思いを正直に伝えられなかったり
伝えるのが怖くて、逃げてしまったりする
それは、人間の性なのだと思う
でも、1つだけ
将棋と恋愛には違うところがある
"王"は、ほとんど動かないということ
攻めて来る駒から逃げることはあっても
自分から王を取りに行くことはほとんど無い
つまり、私自身が王と出会うことは
ほとんど、無い
常に、遠い距離のまま
王同士は、周りの戦況を見つめるだけ
これは、恋愛とは違う
―――いや
もしかしたらこれも
恋愛の1つなのかもしれない
私の運命の人は
待ち続けないと、現れない
自分から攻めるのではなく
ただ、じっと待つことが必要なのかもしれない
つまり、私が誰かと出会うためには
負けることだって、必要なのかもしれない
―――
―――王手
パチンという音と共に、君は呟く
将棋盤を見ると、君が香車(きょうしゃ)を動かして、5度目の王手をかけたところだった
私は、じっくりと考える
―――思えば
君は、"香車"みたいな人だった
香車は、前にしか進めない駒
後ろに戻ることも、横にズレることもできない
ただ、ひたすら真っ直ぐ進むだけ
私は正直、香車を上手く使いこなせない
気がつけば、相手の陣地に真っ先に飛び込んでいて
あっという間に、取られてしまう
まさに、"猪突猛進"のような駒
君はまさに、そんな人
やると決めたら最後までやる
自分の信念を曲げることなく
前だけを向いて、ひたすら進んでいた
ピアノの経験なんて一切無いのに
自ら伴奏者に立候補して
「俺はやれる!」なんて言っちゃって
結果、全然弾けずにリタイア
音楽室の陰で、こっそり泣いていたのを、私は知っている
跳び箱10段を跳ぼうとした時も
周りからの静止なんて関係なくて
「俺は跳べる!」なんて言っちゃって
結果、跳べずに跳び箱に激突
骨折して看病してあげたの、今もちゃんと覚えてくれてるのかな
空回りばっかりだったけど
そんな、真っ直ぐなところが
私の、憧れでもあった
君は、将棋でも香車を使うのが得意で
リーチをかける時も、いつも香車
香車を串に見立てた、"田楽刺し"という戦法で、私は何度も負けた
いつしか、君のことを
「きょうちゃん」なんて呼ぶようになったっけ
でも、いつからか
君は、私の近くに来ると
なぜか、私の方を見て微笑んでくれたり
急に止まって、「おはよう」なんて言ってくれたり
後ろで歩いてる私に気づいて、「またね」なんて言ってくれたり
私の前では、急に口ごもっちゃったり
私の前では、ちょっと顔が赤くなっていたり
常に真っ直ぐだった君が
私の前で、少し、ブレたんだ
そこで、私は気付いた
君は、いつの間にか
私のことを、好きに"成って"いた
そして、もう1つ気付いたこと
私も、君のことを
好きに"成って"いた
その、常に真っ直ぐなところに
でも、私の前ではブレちゃうところに
いつしか私は、"詰んでいた"
でも、私はまだ
君の王には辿り着けない
君の王とは出会えない
私はまだ
君の運命の人には、"成れない"
だって、君の運命の人になるには
私は、待ち続けるしか無いから
あなたが、私に王手をかけるまで
私はずっと、待っている
―――
いつの間にか、私は詰んでいて
今回も、私の負け
私は持っていた駒を起き、君の顔を見る
「参りました」
深く、頭を下げる
「これで、俺の8連勝だね」
「いつのまにそんな強くなったの? 昔は私が10連勝とかしてたのに」
「研究したんだよ。 お前のことを」
不意に言われて、私はドキッとする
今、おそらく、顔が赤い
「ああ、そうじゃなくて、お前の戦略だよ」
そう言って、君も顔が赤くなっていたのを、私は見逃さなかった
「じゃあ、帰ろっか」
そう言って、椅子から立とうとした私に
「ちょっと、待って」
君は声をかけてきた
「もう1局、しない?」
「もうこんな時間だよ?」
「お願い。 もう1局」
君がお願いしてくるもんだから
まあ、断る理由なんてなくて
私はまた、椅子に腰をかける
「お願いします」
お互いに頭を下げ、対局が始まる
―――
―――戦況は、まだ五分五分
お互い、飛車を取り合うという、かなり交戦的な展開になっていた
手取り駒は、私の方が1枚多い
私は、ゆっくり、じっくりと、君の手を読む
彼もまた、私の手をじっくり読んでいるはず
相手の心を読み合うこともまた
恋愛と将棋は、似ている
――きた
しばらくしたところで、君が香車を動かす
そして、"成る"
かなり警戒はしていた
だから、その手を読んでいた
私は落ち着きながら、攻めの姿勢を忘れない
――王手
久しぶりに、君に王手をかける
彼は顎を触り、ゆっくりと考える姿勢に入る
――もし
ここで私が勝てれば
ここで王を取れれば
君のことも、手に入れられるだろうか
そう考えると私は
不思議と、力がみなぎってくる
―――王手
パチンという音と共に、君が呟く
えっ? と思った私は、戦況を確認する
私は、攻めているはずだった
何度も王手をかけ、君が逃げる展開
なのに、一瞬、王が離れた瞬間
君は、逆王手をかけてきた
そう、"香車"で
――迂闊だった
攻めに徹しすぎた私は
すっかり、君の香車の存在を忘れていた
戦況は一変し、私の防戦一方に変わる
彼が追い詰め、私が逃げる
いつもの展開だ
そして、ついに逃げ場を失った私は
詰んでいた
また、負けた
今回も、君を手に入れることは出来なかったみたい
私は駒を起き、彼の顔を見る
「参りました」
そう言って、深く、ゆっくりと頭を下げる
私ではない
そう、彼が
「ああ、いや、そうじゃなくて」
頭を掻きながら否定した君に
戸惑いを隠せない私
君は、私の目を"真っ直ぐ"見て、こう言ったんだ
"君の運命の人に
成りに、参りました―――"
最初のコメントを投稿しよう!