『葦牙の如く萌え騰る』

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私が目にしている情景は、何処にでもあるような、至って普遍的なものなのだと思う。 それが故にこうも思う。 このような情景は、恐らくは過去の人々も目にしてきたものなのだろう、と。 数十年前の人々も、数百年前の人々も、そして、この国に言葉が生まれ始めた頃の、古き時代の人々も。 ここ最近、古い時代に著された書物の原文を手に取るようになった。 それは古今和歌集であったり、万葉集であったり、或いは古事記であったり。 当初は黙読だったものの、何時しかそれらに記された言の葉を口に出して朗ずるようになった。 不慣れさ故、つっかえながらではあるものの朗ずることを繰り返していると、それらの言葉が醸し出す響き、或いは息吹が、リアリティを以て迫り来るように思える刹那がある。 それらの言葉の響きや息吹には旧さなどは全く感じられず、むしろ実に瑞々しく、そして、活き活きとしたものとして感じられてならない。 それは、それらに託された、この国の言葉が形を為し始めた頃の人々の心と、誰とも語らうこと無く、只管に歩む中にて空の色や季節の彩りの移ろいに目を奪われ、そして己が紡がんとする言葉の舌足らずさに悶える私の心とが、時を経て響き合うが故ではないかとも夢想してしまう。 また、朗ずることを始めて以来、私の心の中にて『葦牙の如く萌え騰る』言葉達は、その輪郭を次第に鮮明にしつつあるようにも思えてしまう。 私の心に芽生えようとする諸々の言葉、それらは私の心から溢れ出そうとの衝動を帯びているように感じられてならない。 その衝動は兎角凶暴で、そして只管に荒々しい。 つくづく思う。言葉とは、実に厄介なものであると。 人の中に生まれ出で、育むことを求め、そして外へと放つことを強要してくるのだから。 然れど、その荒々しさも、その凶暴さも、どうしようもなく愛おしい。 その愛おしさ故、私はきっと来週も半日の旅に出る。 そしてまた、きっと、言葉達に翻弄される。
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