『葦牙の如く萌え騰る』

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転勤のため、都内から海沿いの田舎街へと越して来てから、早いもので1年半の時が過ぎ去った。 初めて住まう土地のため、職場以外での知己は殆ど居らず、新型コロナ感染症の蔓延もあり近隣の街へと出掛ける気にもなれないため、週末は独りで歩いてばかりいる。 最初は家の近隣を散歩する程度だったものの、海沿いにて花開かせる桜の艶やかさに心惹かれたり、水を湛え始めた稲田に姿を映す新緑の山々に目を瞠らされたり、或いは、夜の海原にその姿を映す月影の妖しげな美しさに眼を奪われたりしているうちに、歩く距離と費やす時間はどんどんと延びて行き、今や昼過ぎに家を出て、海沿いや田の脇、或いは山の間、そして散在する小さな集落などを独りとぼとぼと歩き、帰ってくるのは夜の八時過ぎ、歩く距離は30キロ程度、という状況になってしまった。 30キロの道のりを歩くことは酷く疲れる。 容赦の無い夏の陽射しに晒され、全身から汗を流しながら歩みを進めることは苦痛でしかない。 遮る物も無い荒れた野の中、凍て付くような木枯らしに吹かれながら独り歩むことには身を刺されるような感覚を抱かされてしまう。 誰かと語らうことも無く、黙々と独り歩み続けることは寂しくて仕方が無い。 けれども、週末毎の半日の旅を止めることは何故か出来ずにいる。
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