こども用ホーム魔方陣

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こども用ホーム魔方陣

家庭用魔方陣(ホームサークル)が届いた。 魔物の召還が当たり前になりすぎて官公庁や金融機関でも魔物を使い始めたらいずれ社会生活に支障を来す。こういう事は早いうちに教えておいた方がいいだろう。 もちろんプロの召還術士が使うような本格的なものだ。妻はそんな大げさな仕掛けは要らないと反対した。そこで厄災の休業日にズブロッカの魔女街へ魔法道具を見にいった。 だが子供向けの魔方陣はどれもこれも装飾過剰だ。白いポニーを呼び出したりフェアリーが小姑のようにやかましくアドバイスしたり不要不急の機能が多すぎる。お目目ぱっちりのミニ魔王なんかにタメ口されても意味ないだろう。魔王は迷宮の奥で勇者を虎視眈々と待ち受ける物だ。 そこでアプレンティス(魔導士見習い)が使う練習用魔方陣を譲ってもらった。本来は弟子専用で門外不出らしいが修行をリタイアしたり破門された魔女が生活のために売りに出している。それでも夏のボーナスが半分吹き飛んだ。妻はブーブー文句を言ったが子供たちが大人になる頃は魔方陣を使いこなせないビジネスマンに仕事は来ないだろう。 そうなったら冒険者とは名ばかりの野盗に落ちぶれて管理不行き届きの廃ダンジョンを暴いたり冒険者崩れを魔法で襲って糊口を凌ぐしかない。そんなみじめな生活を送らせるぐらいならと思って出資した。家庭用魔方陣はさすがプロ仕様だけあって本物だ。マナが十分にあれば地獄の混沌だって呼び出せる。試しに子供たちに何を呼び出したいか聞くとマリーという名の魔女をリクエストされた。 マリーはもともと古代迷宮に住んでいたので魔導騎士である必要がなかった。魔導騎士は特別優秀な魔女だ。魔導騎士が来たことで子供たちは色めき立った。 自分たちは魔導騎士に選ばる資格条件に欠けるとダメだしされ、諦めきれず魔法戦の技術に磨きをかけようと必死で励んだ。 家庭用魔方陣が来てから子供たちの遊びが修行に代わったのは良い事だ。 マリーのカリキュラムは厳しい。 魔導騎士の地位を与えられるようにするための教育が目的らしい。 マリーも学校でしごかれ魔導騎士という称号もその時に与えられた。マリーは魔導騎士の資格をいろいろと手あたりしだいにゲットして、苦労の末に持ち家を手に入れた。 主任魔法騎士の資格も周囲の力添えで手に入れた。後で聞いたが政府はこの時の魔法の訓練でマリーだけではなく近隣住民の子供たちも剣が使えるように訓練も積ませようと目論んだのだとか。 つまり、彼女は師範なのだ。 だからやみくもに近接で戦うことを禁じた。 剣術でなく魔術を揮え、と。 マリーの指導では子供たちが実戦で剣を向けられ、下手に手を上げてしまったら取り返しのつかないことをしてしまう。親たちは懸念した。 マリーはそんなことで手打ちになったとしてもかまわないと言う。 たとえ魔導騎士をやめてでも魔導騎士全体の資質向上をめざしたのだ。 マリーの強い理想と、彼女を支えつづけたマリーの強い信頼を持つ魔導騎士の子たちはそれ以来剣を捨てて魔法槍を好むようになった。 魔導騎士は剣と魔法の技術の頂点を占める。マリーはあたかも自分が魔導騎士の役割を終えてしまったかのように言ったそうだ。 実力ある内に引退し跡目を譲らねば、芽吹くものも咲かない。 そのマリーをサポートしつづけているのだからその力は偉大だ。子供たちの魔導騎士としての能力もマリーが鍛え上げてきたのだ。マリーはその魔導騎士の称号を自分の代で完全に捨てた。 その後マリーは名誉に奢ることの無いように子供たちに教育をほどこしている。称号に溺れる者は死神の腕をつかむ。 マリーは魔法の才能に関しては並ではなかった。他人が魔法を使う時の呪文詠唱は必ず耳にしていた。 評判が高まり弟子入り希望者が増えた。何人かは我が家に寄宿している。 そうなるとマリーを家族としてサポートしつつ女の子を育てるのは難しいと誰もが思う。 妻が負担を感じている。いつもマリーは笑顔でお願いを聞く。彼女の姿は本当に頼もしい。願いを栄養にしている天使だ。だから私はその期待に応えたくて「配慮をお願いします!」と伝えた。 マリーは一瞬驚いた顔で笑みを浮かべた。 季節が変わりマリーは子供たちの魔力の実験体にされたりして、マリーが主任魔導騎士へと昇進したのは私の子供たちが初等魔法修行を終えてからだ。 雪が積もった。 マリーはもうじき魔導騎士に昇進する。緞帳のようなローブを纏ってもマリーはマリーであり、子供たちのマリー師匠だった。 マリーは主任魔導騎士になって雲上人になった。 距離感に少し困ったような顔をしながらもマリーの指導で子供たちはその才能を伸ばしていた。 遠撃(とおう)ちの術を練習中の長女に近づいた。 「どうだい?」 「はい。お父さん。凄いです。マリーは十歳で魔導騎士になってすぐにその才能を開花させました。私は大人になってもマリーと才能を高める努力をしたいのです。私の魔導騎士に選んだマリーならしっかり学ばせてくれるだろうと思い、相談してみました」 「分かった!」 マリーはマリーで有望株を集めて道場を開きたいらしい。 子供たちから同じような希望を聞いた、というと、マリーは力強く頷いて「ありがとうございます!」と、目を輝かせた。 私も「子供たちの為にも頑張ってくれたんだ!」 と言い感謝の意を伝えた。 熱意の冷めぬ間に我が家の地所を提供する事にした。 マリーと子供たちは魔法で幾何学的なテントを幾つも建てた。 それと同時に私はいろんな種類の子供たちの魔導騎士の才能についてマリーに訊いてみたいと思い、成長の記録を閲覧した。 ぽっと出の天才少女が道場主になれた経緯が気になる。 魔導騎士として働く子供たちの中にはマリーの魔導騎士への昇進と同時に何か特殊な才能に感染したのではないか。 そしてマリーがどのような基準で弟子を選ぶかを色々に調査しているうちに、マリーの師であるシュルツという老婆にたどり着いた。 お婆ちゃんが魔導騎士になったのはマリーのお爺ちゃんから魔方陣を譲り受けたからだ。 彼は魔導騎士ではなく、魔導騎士見習いとしてズブロッカに出入りしていた。そこでシュルツを拾ったらしい。この子をお願いしますという差出人不明の置手紙と魔方陣があった。 つまりはシュルツを養育する成り行きで魔導騎士になったらしい。 そのお婆ちゃんが経緯をマリーは話したそうだ。 それにしてもお婆ちゃんが魔導騎士を選んだ理由が気になるところではある。 ひょっとしたら魔方陣が才能を垂直方向に媒介しているのか。 私は深堀するべくそれとなくマリーに持ちかけた。 「お爺ちゃんの魔導騎士の才能、見てみたい気もします」 包み隠さず理由を説明した。 「そうだね! 私もずっとそれを探していたんだった!」 マリーも同じ仮説を立てていたようだ。 嫉妬されるとアリバイ立証に困るので妻を連れてシュルツ邸を訪ねた。 弟子に稽古をつける合間の面会だったため詳しい話ができない。 「お婆ちゃんが何か魔導騎士について調べているところを見つけてみましょうか?」 シュルツも同じテーマを生涯追いかけているとマリーが言うのだ。 師範の片手間にやる研究なので施設は道場内にあるだろう。 私たちは見学する許可を得てあちこち物色した。 「そんなに難しい魔導騎士の知識はないよ……」 マリーが書物を紐解いているとシュルツが口をはさんだ。 このやり取りを聞いていて妻が怒ってしまった。 「ジジイのスペック、ポンコツじゃん!」 「は? 今なんと?」 シュルツが顔をしかめたが妻は大声で怒鳴った。「ポンコツじゃん。あなた、こんなモン今すぐ返品してきて」 おお怖い。剣幕に押されて逃げるようにズブロッカへ舞い戻り、苦心惨憺して返品した。手数料を引かれて赤字になったがそんなことが知れたら半殺しの目に遭うので自分のお小遣いで補填しておく。 とほほ。とんだ勉強になった。 マリーの出現と修行は無かったことになり、道場も忽然と消えてしまった。マリーもシュルツもズブロッカの住民は知らないという。 あれはいったいなんだったのだね、と妻にたずねたら頬が腫れた。 「まだわからないの。あなた、騙されたのよ!」 ツッコミどころはシュルツがうっかり漏らした一言だ。 『そんなに難しい魔導騎士の知識はないよ』 情報商材の転売、それも強力な感染力をともなう。 早く気づくべきだった。私は罪滅ぼしのためアイテム詐欺の被害相談に乗っている。
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