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前方車輌の方から警笛が聞こえてくる。対障害警笛とは異なる低く長い警笛、それが意味することは一つ。車輌が急勾配に差し掛かるという意味だ。
登ろうが降りようが、壁に命綱一本で張り付いているタカハシに未来はない。
「……上等だ」
そう言うと、外装が外れ剝き出しになった電気配線に向き直る。電力循環を司る主要電線の一つで、『ノアズ・アーク』の生命線だ。経験豊富で技術技能も高いタカハシだからこそ任せられた重要な任務である。
氷点下の外気にやられ故障した配線を取り換える。しかも、車輌が急勾配に差し掛かる前に。警笛が聞こえてきた、音速と動力車輌の距離を計算すると、作業に掛けられる時間は1分もないだろう。
しくじれば何時か列車は動けなくなる。時間を掛け過ぎてもタイムオーバー。整備士の腕の見せ所である。
「まだ戻ってない奴はいるか!!」
順次作業を終えた整備士を引き揚げて回収される中、リーダーは帰還していない整備士の有無を問う。
「タカハシです。タカハシがまだ作業中です」
「……1分だ、一分待って戻らなかったら一旦中に退避する」
坂道を登っては屋根にいる全員が危ない。リーダーは、タカハシをいざとなれば切り捨てる判断をした。
タイムリミットまであと一分。
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